あつもり 高台 登り方。 【あつ森】操作方法一覧と覚えておきたい便利な操作

【あつ森】はしごの作り方と入手方法|崖や高台の登り方【あつまれどうぶつの森】

あつもり 高台 登り方

ポンと右手がふところへはいり、同時に左手がヒョイとあがった。 とたんに 袖口 ( そでぐち )から一条の 捕 ( と )り 縄 ( なわ )、スルスルと宙へ流れ出た。 それがギリギリと巻きつこうとした時、 虚無僧 ( こむそう )は尺八をさっと振った。 パチッと物音を立てたのは、捕り縄がはねられたに相違ない。 がその時はその捕り縄、ちゃアんとふところへ 手 ( た )ぐられていた。 東海道の真っ昼間、時は六月孟夏の頃、あんまり熱いので人通りがない。 ただ一人の虚無僧と、道中師めいた小男とが、相前後して行くばかりだ。 と同じ事が行われた。 つと駆け抜けた道中師、ポンと右手をふところへ入れ、ヒョイと左の手を上げた。 その袖口から一条の捕り縄、スルスルと出てキリキリキリ、虚無僧へ巻きつこうとするのであるが、やっぱりいけない。 さっと払う尺八につれて、グンニャリとなる。 がその時には捕り縄は、袖口からふところへ手ぐられていた。 眼にも止まらぬ 早業 ( はやわざ )である。 たとえ旅人が通っても、感づくことは出来なかったろう。 だがいったいどうしたのだろう? 捕り物にしては緩慢に過ぎ、遊戯にしてはいたずらに過ぎる。 なんの変わったこともなく、虚無僧は悠然と歩いて行く。 道中師にも変化はない。 鈴ヶ森まで来た時である。 ふいに道中師が横へそれた。 後から続いて虚無僧が行く。 耕地があって野があって、こんもりした森が立っていた。 手拭いを出してバタバタバタ、切り株を払った道中師。 「おかけなすって、一休み」 虚無僧腰かけて 天蓋 ( てんがい )を取った。 と、すばらしい美青年。 富士 額 ( びたい )で、細い眉、おんもりとした高い鼻、ちょっと酷薄ではあるまいか? 思い切って薄い大型の口、だが何より特色的なのは、一見黒くよく見ればみどり、キラキラ光るひとみである。 手に余るほどの大量の髪、これは文字通り 漆黒 ( しっこく )で、それを無造作にたばねている。 肌の白さなめらかさ、青味を帯びないのはどうしたのだろう? 「熱いねえ、ずくずくだよ」 いいながらグイと胸をあけた。 あっ! 張り切った二個の乳房、 胸 ( むな )もといっぱいにもり上がっている。 まさしく変装した女である。 「忠公のばかめ、 呆 ( あき )れもしない。 なんと思っての悪ふざけだい」 「へい」道中師小びんをかいた。 「 手練 ( しゅれん )の捕り縄、いかがのものかと、お目にかけたんでございますよ」 「あれで手練かい、叩き落とされたくせに」 「中条流の捕り縄も、あねごにかかっちゃあ文なしだ」 「これは驚いた。 中条流だって? そんな流名があるのかい」 「私のつけた流名で」 「よりどころでもあるのかい」 「そりゃアありますとも、大ありで。 それ私の名は忠三でげしょう」 「 妾 ( わたし )ア忠公かと思っていた」 「ひどうげすな。 そいつアひでえ、いえ忠三でございます」 「忠的にしよう、その方がいい」 「だんだん悪くなる、驚いたなあ。 いえ私の名は忠三で、しかも肩書きは 早引 ( はやびき )でげす」 「早引の忠三、なるほどね、だが大してドスも利かない。 ところでどうなんだい、中条流は?」 「忠三をもじって中条流。 もったいがつくじゃアありませんか」 イスラエルのお町、ふき出してしまった。 「いわれを聞けば有難い……とこういったら嬉しかろうが、どうもね、お前の中条流、こればっかりは戴けないよ。 ……それはそうとオイ忠公、準備は一切いいんだろうね」 「うん、そいつだ」と早引の忠三、にわかにピンと張り切った。 ………… 「うん、そいつだ」と早引の忠三、にわかにピンと張り切ったが、すぐにトンと声を落とし、「一切準備が出来たればこそ、長崎くんだりまで飛脚を出し、江戸入りをおすすめしたんですよ。 そうして今日あたりはおいでだな、こう思ったのでこの忠三、お迎えに出たのでございますよ」 「ああそうかい、そいつあ有難う。 永い間の念願が、それじゃいよいよ届くんだね」 「へい、さようでございますとも」 「うれしいねえ。 お礼をいうよ。 ああ本当に千べんでもね。 だが……」とお町は不安そうに、 「競争相手もあるそうだが、そっちの方も大丈夫かしら?」 「まず大丈夫でございましょう」 「まず大丈夫とは気がかりではないか。 確かに大丈夫でなけりゃあね」 「さようで」といったが早引忠三、 渋面 ( じゅうめん )を作ったものである。 「へい、確かに大丈夫で」 「だってお前、競争相手は、ひととおりの奴じゃあないそうだが」 「その代わり味方にも大物がいます」 「でもね、お前、そのお方は、 表 ( おもて )に立ってはくださらないじゃないか」 「かりにも三家のご一人、立てるものではございませんよ」 「そうはいってもつながる縁、お母様さえあのままなら……」 「おっとおっと、そいつアいけねえ」 忠三は急いで手を振った。 「死児の 齢 ( よわい )を数えるってやつだ。 そんな事をいって何になります」 「さあ何にもなるまいがね」お町はちょっと憂鬱になり、「時々妾は考えるのさ。 お母様さえなみの人で、今日までご存命なすったら、こんなみじめを見るんじゃあない、それこそ本当にお姫様で、外へ出るにも供揃い、駕籠に乗って行かれるのに……」 「そいつもなみの駕籠じゃあねえ。 葵 ( あおい )ご紋のついてる駕籠だ。 いやそうなったら私なんか、土下座をしたっておッつかねえ。 ……それはそうとねえあねご、その後あっしはこの江戸で、随分仲間を作りましたよ。 命令一下働く奴が、さあどのくらいありましょうか。 そこへあねごが乗り込むんだ、そうするとすぐに女大将さ、葵のご紋なんか蹴飛ばしてしまえだ。 だがあねご、そいつらを使って、大ダンビラを振りまわすなあ、策としては拙の拙だ。 まず真っ先にとる法は持ってうまれたその美貌、そいつでやろうじゃあございませんか。 競争相手の随一人、好色漢の島原城之介、あねごに以前から参っているはず、こいつをおたらしなさいまし」 「ああなるほど、島原をね。 あいつも江戸にいるのかい」 「えらい勢力でございますよ」 「あいつをたらしてさてそれから?」 「以夷制夷でございますよ」 「ふふん 天草 ( あまくさ )とかみ合わせるんだね」 「こいつ成功疑いない」 「それじゃあ腕を振るおうか」 「どうぞね、一つ、すごいところを」 「ではそろそろ出かけよう」 「まず 天蓋 ( てんがい )、おかぶりなせえまし」 「あいよ」 といって引っかぶる。 と、もう虚無僧姿である。 街道へ出て江戸へ入る。 雀色の夕まぐれ、さっと人波にさらわれてしまった。 慶安三年六月二日、天草の乱しずまってより、わずかに十二年を経たばかり、将軍家光存命ながら、狂乱の噂府内にもれ、物情騒然人心 恟々 ( きょうきょう )、天下乱を思う折柄であった。 いずれ悪漢に相違あるまい、イスラエルお町と早引忠三。 二人 ( ふたり )が江戸へ入り込んでから、十数日が経過した。 とその時事件が起こった。 ここに一人の武士がある。 知行五百石でお旗本、代々の主人がつましかったからか、旗本仲間での大金持ち、富豪といってもよいほどで、本所錦糸堀に屋敷があり、無役ではあるが 貴 ( たっと )まれている。 ちょっとおかしいが姓は 袴 ( はかま )、名は源兵衛といって五十五歳、その人の次男で広太郎、二十三でまだ部屋住み、養子にやるか 別家 ( べっけ )させるか、金に不自由がない上に、父源兵衛の秘蔵息子、まあまあゆっくりというところから、気まま勝手に遊んでいる。 しかし広太郎 豚児 ( とんじ )ではない。 剣道にかけては 柳生 ( やぎゅう )流の免許、 大力 ( だいりき )ではないが 業 ( わざ )には達し、据え物斬りでは名人である。 筋肉しまり、背高く、江戸っ児らしい浅黒い顔、性質はむしろ憂鬱であるが、悪寒を与えるほどではない。 興 ( きょう )に乗ずると大いにはしゃぐ、時によっては毒舌も振るう、それでいて人に愛される。 「座談に毒舌は付き物だよ。 あの人は聖人でございます、いやあの仁は君子でござる、なかなかもって神様で……こんなことばかりいってみろ、茶がまずくなって飲めやしねえ。 あああいつはオッチョコチョイだ、そうともあいつアとんまだよ、ろくな出世はしねえだろう、ナーニあいつは獄門ものだ、 女仇 ( めがたき )討ちにでも出そうなつらさ……などとやらかすと話しがはずみ、茶だってうまく飲めようってものさ」こいつが広太郎の座談哲学、毒舌の弁でもある。 ひいでた眉、高い鼻、思い切って切れ長の涼しい眼、私は冷酷じゃアありませんよ、こういいたげにやや 厚手 ( あつで )の、それでいて醜くない立派な口、金持ちの証拠に耳たぶが厚く、詩人的 気禀 ( きひん )があるからであろう、額が広く光がある。 湯水のように金を使い、悪友を集めて散財するが、それでいてちっとも馬鹿にされない。 だが広太郎にいわせると、浮世が面白くないそうだ。 「ヤクザだね、この世界は、 隅 ( すみ )から隅までむだばっかりだ」「なぜだい?」ときくと渋面を作り、「なぜだか知らないがそうなんだよ」これが、広太郎の返辞である。 その広太郎この頃中、一層調子が狂って来た。 笑うかと思うとしょげ込んでしまい、しゃべるかと思うとだまり込む。 すなわち快活と憂鬱とが、はげしく交叉するのである。 恋だ恋だ恋をしているのだ。 さて広太郎ある夜のこと、悪友どもと例によって、一杯飲んで夜をふかし、別れて家へ帰る途次、さしかかったのが隅田の 堤 ( つつみ )。 「 桜時 ( さくらどき )ばかりの 墨堤 ( ぼくてい )でもあるまい。 微醺 ( びくん )をなぶる夜の風、夏の墨堤をさまよったって、コラーという奴もあるめえじゃないか」 で、堤をあるいて行ったが、その時事件が起こったのである。 「御用! 御用!」というとり 方 ( かた )の声、河を隔てて聞こえて来た。 「これは」と思って眼をやると、対岸 安宅 ( あたか )町の方角で、飛び廻っている御用 提灯 ( ちょうちん )! しかも五つ六つではない、二十三十乱れている。 「や、こいつは大捕り物だ!」たたずんでながめたものである。 「あッ」という悲鳴、「待て!」という声、「神妙にしろ!」とわめく声! あわいははるかに離れていたが、深夜だけにあたりさびしく、ちまたの雑音の聞こえないためか、粒だって声が聞こえてくる。 「ドブーン!」水音の響いたのは、とり 方 ( かた )かそれともとられる 方 ( ほう )か、ともかく誰か河の中へ、飛び込んだに相違ない。 と、ボーッと火が立った。 放火したのだ! 家が燃える。 その光にボッと照らされて、一人こっちへ泳いで来る。 火事の光にボッと照らされて、一人こっちへ泳いでくる。 「網をのがれた 曲者 ( くせもの )だな」こう思ったが広太郎、自分がとり方というではなし、取り抑えようとはしなかった。 だが充分の好奇心、桜の木蔭へ身を隠し、じっと様子をうかがった。 泳ぎついたその曲者、岸へ上がるとまず 袂 ( たもと )、キューッと水をしぼるらしい。 それから 裾 ( すそ )の水をしぼり、スルスルと土手へ上がって来た。 月はあったが桜の葉越し、光が充分に届かない。 ただ人一倍たけが高く、肩に 燦 ( さん )と白髪が波打っているのが見て取れた。 老人かな? それにしては、ヌッと伸びた腰つきが、そうではないと裏切っている。 チラリと火事の方を見返ったが、何やら口の中でつぶやいた。 と、ふところへ手を入れた。 取り出したのは小長い物、そいつを頭上へズイと上げ、そろそろ一方へ開くのを見れば、間違いのない 巻軸 ( かんじく )だ。 「有難え、ぬれてはいない」よっぽどうれしかったに相違ない。 こうハッキリつぶやいたものだ。 木蔭で見ていた広太郎、ムラムラ好奇心がつのって来た。 そっと近寄り 富樫 ( とがし )もどき、相手の肩越しにのぞきこんだ。 チェッという舌打ちの音、人の気配を感じたらしい。 ヒラリ振り返ったが抜き打ちだ。 その早さ、その鋭さ、横なぐりに腰のつがい、ダッと払われたがきまれば、まさしく広太郎 胴輪 ( どうわ )切り。 酔ってはいたが心は正気、ましてあらかじめ曲者と、用心していた広太郎、飛びしさると桜を楯、幹に全身を隠しながら、刀の鯉口ブッツリと切り、相手の様子をうかがった。 片手 青眼 ( せいがん )につけたまま、左手で巻軸を巻くらしい。 サラサラという紙の音。 と、左手がふところへはいった。 ははあ巻軸を納めたな。 「これ」とはじめて声をかけた。 「見たであろう? む、どうだ?」右へ右へとジリジリ廻る。 「不運な奴だ、いかしては置かぬ」 不思議な 声音 ( こわね )、鬼気がある。 かれてはいるが力がある。 あざ笑うのか、 威嚇 ( いかく )するのか、どっちとも取れる声音である。 とまれ一旦耳にしたら、容易に忘れられない声である。 立ち木を中に広太郎、左へ左へと逃げながら、心でつぶやいたものである。 「すごいなあ、恐ろしい奴だ。 人を斬ったな、幾人となく。 血煙りの中を通って来た奴だ……。 勝ち目はない、おれに勝ち目は」 「これ若造」と例の声、「感心だな、抜きおらぬな。 逃げるつもりか、それもよかろう。 ふ、ふ、ふ、逃げられめえ」 右へ右へと廻りこむ。 「殺されてしまえ、きっと殺す。 ……なぜのぞいた、馬鹿な奴だ、見さえしなければよかったのだ。 見られた以上は助けられない。 コレ前へ出ろ、切りこんで来い。 ……来ないか、行くぞ。 ソレ、ソレ、ソレ」 構えをつけながらしゃべりまくる。 場数 ( ばかず )を踏んだ証拠である。 一つの立ち木から他の立ち木、移ろうとして広太郎、一瞬間全身を現わした時、肩に白髪の泡を立て、「どうだ!」と一躍切りこんで来た。 と、 鏘然 ( しょうぜん )たる太刀の音、はじめて広太郎抜き合わせ、危く 鍔際 ( つばぎわ )で受けたらしい。 さっと左右へ飛び違う。 「えらいの、若造」 「何を! だまれ」ブルッと一つ武者振るい、タラタラと流れるあぶら汗、額から両眼へ入ろうとする。 「御用! 御用!」と遠のく声。 とり物も終りに近づいたらしい。 火事は盛んだ。 紅色 ( べにいろ )の火光、ここらあたりまでポッと明るい。 相青眼の二本のつるぎ、その中でキラキラと輝いている。 二合目の太刀、また 鏘然 ( しょうぜん )、音を立てて火花が散り、 鍔 ( つば )ぜり合いになったとたん、「しまった」という声が突っ走った。 同時に一つの黒い影、もろにうしろへ飛びしさったがヒューッと何か投げつけた。 と、もうその時にはその人影、河とは反対、耕地の方へ投げられた石のように走っていた。 眼にもとまらぬ早業で、しかも 綽 ( しゃく )々たる余裕がなければ、到底出来ない芸当である。 と、初めて、「待て!」という声が広太郎の口からほとばしった。 時のハズミで出た声で、真に呼び止めた声ではない。 その証拠には追おうともしない。 追わないばかりかグタグタと、大地へ坐ってあぐらをかいた。 ホーッともらす太い息、と、ガチャンと刀を捨てて、ピッタリ両手を突いたものである。 「天下は広大。 えらい奴がいるなあ」まずもらしたものである。 「柳生の 極意 ( ごくい ) 甲割 ( かぶとわ )り、死に物狂いで 下 ( お )ろした太刀が、幸いきまって敵の刀をつばのきわから、折ったればこそ、運よく命は助かったものの、そうでなかったらやられたところだ。 ……うむ」といって考え込んだ。 「どうもわからない、何者だろう?」またそこで考えこんだ。 「剣道名誉の武士にしては、少しく態度が 無頼 ( ぶらい )に過ぎる。 といって 市井 ( しせい )の無頼漢にしては、余りに腕が 利 ( き )いている。 …… 胆 ( たん )の据え方、機のつかみ方、とてもとても常人ではない。 ……そうしてあれは? あの巻軸は?」 ただ肩越しに見たばかりで文字か絵画か何が書いてあったか、見て取ることは出来なかった。 七日ばかりは気持ちが悪い。 で広太郎はこもっていた。 「もうよかろう、泳ぎ出すかな」カラリと晴れたよい天気、フラリと広太郎屋敷を出た。 さて行く先はきまっている。 恋人お京様の屋敷である。 ここに小松原平左衛門といって、やはり五百石のお旗本、同じく無役で、相当裕福、といって 袴家 ( はかまけ )には及ばない。 屋敷は小石川掃除町、柳町の角に立っている。 その長男を舞二郎といい、広太郎とは同年輩、昔からの親友で、その妹がお京様、しばしば遊びに行くうち、広太郎恋してしまったのである。 「舞二郎殿おいでかな」 「おおこれは袴様。 ハイハイ皆様お庭の方で、お話し最中でございます」 「ははあ、どなたかご来客で」 「はい、いつもの 臼井 ( うすい )様が」若党ここでニヤリとした。 「うむ、そうか、臼井殿」にわかに広太郎いやな顔をした。 それにはもっともの理由がある。 広太郎の恋の競争者だからだ。 玄関からグルリと庭づたい、裏庭の方へ行って見た。 縁に腰かけた三人が、面白そうに話していた。 「これはようこそ広太郎殿」真っ先に舞二郎が声をかけた。 「おや、これは広太郎様、ようこそお出かけなさいました」こういったのはお京である。 「これはこれは袴 氏 ( うじ )、今お噂をしかけたところで、お待ち申しておりましたよ。 やっぱりそんな、噂をすれば影、お見えになるだろうと存じていました」臼井金弥の挨拶には、なんとなく毒気が含まれている。 何となく毒気の含まれている、臼井金弥の挨拶を聞くと、広太郎 額 ( ひたい )へしわを寄せた。 臼井金弥は旗本の長男、父は臼井小六郎といい、二百石の 安祥旗本 ( あんしょうはたもと )。 家柄はよいが家計はよくない。 袴家に比べると問題にもならず、小松原家に比較しても、まだ甚だしく見劣りがする。 金弥当年二十二歳、広太郎よりは一つ下、武道は未熟、学問もないが、男振りだけはばかによい。 といってりりしい男振りではなく、色なま白く眉細く、鮎のような形をしたなまめかしい眼、鼻の高いのはいうまでもなく、べにをさしたような受け口など、成長した 陰間 ( かげま )とでもいいたげである。 行きずりに寛永寺の坊主などが、いやらしい眼をして見送りながら、「惜しいものでござるな、 野郎頭 ( やろうあたま )が」「前髪を立て振り袖を着せたら、寺を開いても愚僧は通う」などと囁くと金弥の方でも、それがうれしくて気取った咳をし、 衣紋 ( えもん )の襟をしごこうという、ざっとそういうさむらいである。 ところがここに困ったことには、金弥とお京とはいいなずけであった。 父と父とがずっと昔に、そういう約束をしてしまったので、今さらどうにもならなかった。 「臼井の家がゆたかなら、また、知行でも多いなら、いいなずけの約束変更してもよいが、万事当家より劣っている。 で、いいなずけの約束を破り、お京をよそへ縁づけたなら、臼井の家ではひがむだろう。 『あれ見よ小松原平左衛門は、臼井の微禄に愛想を尽かし、武士にあるまじく約束を破り、娘を他家へ縁づけたわ』世間の口の 端 ( は )もうるさかろう」これが平左衛門の意見であった。 「しかし父上、広太郎殿が、お京を懇望しておられます。 この私とは昔からの親友、それに人物はあの通り、文武二道に達しております。 金弥殿などとは比較にもならず、無二の良縁かと存じますが。 ……それにお京の心持ちも……」ある時舞二郎がこういうと、平左衛門はものうそうに、「広太郎殿は立派な人物、それこそお京の婿などには、もったい至極もない方だ。 お京の心も進んでいるなら、これに 上 ( うえ )こす良縁はない。 が舞二郎、袴家は、あの通りの財産家。 でこれは問題にならない」「武士の義理、世間への体面、これもさることではございますが、お京の心も察すれば」「お京の心? うむなるほど、では金弥殿を嫌っているのか?」「いえ嫌ってはおりませぬが、さらに一層広太郎殿の方へ……」「無理はないな、それはそうだろう。 ……だがそれは勘定へは入れまい。 ……幸いお京はおとなしく、我を押し通すところがない。 気の毒ではあるが犠牲になってもらおう」 舞二郎の意見にもお京の心にも、充分理解は持ちながら、なお平左衛門は自説を棄てない。 頑固一遍での旧弊なら、説破することも出来るのであるが、そうでないだけにむずかしい。 一方金弥は広太郎という、恋の競争者が出て以来、にわかに 執 ( しゅう )ねくつきまとうようになった。 財産からいっても、人物からいっても、到底広太郎の敵ではない。 そこで金弥は唯一の武器、よい男前とうまい弁舌、それでお京の心を引き、他方両親をせき立てて、婚礼の日取りを早めることにした。 で二人の婚礼は非常な事件でもない限り、ととのうものときまっていた。 金弥の得意、広太郎の焦心、このところ火花を散らしていたが、今や顔を合わせたのである。 「ほほう拙者の噂をな、それはそれは迷惑千万、ろくな事ではござるまい。 噂といえばよく聞こえるが、いい換えると人の蔭口。 ところでどうも蔭口というやつ、おおかた悪口に堕するものでな、例えばその人の口癖とか、または身振りとかいうようなものを、つい誇張していいたがるもので」ムカムカしているので広太郎、思わず火ぶたを切ってしまった。 噂とはすなわち蔭口である。 広太郎のいったこの一言、金弥の胸へはピンとこたえた。 というのは実際この時まで、蛇のようにノラクラした 冗弁 ( じょうべん )をもって広太郎の蔭口をいっていたからで、痛いところへさわられたのである。 本来ならば赤面もの。 しかるに金弥赤面しない、むしろかえって 揶揄的 ( やゆてき )になった。 「なるほどな。 これは金言、さすがは袴広太郎氏、うまいことを仰せられる。 がしかし愚考するところ、少しく矛盾してはおりませんかな」 「ナニ、矛盾? そんなはずはござらぬ」 「いつぞやの貴殿のお説によれば、座談はすべからく悪口たるべし、ということであったはず。 噂すなわち座談でござる。 自然悪口がよろしいはずで」 「うむ」とこれには広太郎、行き詰まらざるを得なかったが、にわかに 磊落 ( らいらく )に 哄笑 ( こうしょう )した。 「座談の悪口にもよりけりでござる。 若い純な娘ごなどの前で、成心あっての悪口など、男子としては慎むべきもの、何とそうではござらぬかな」ちゃあんと広太郎見抜いている。 胸に五寸釘の金弥であったが、そんな 気振 ( けぶ )りはチラリとも見せず、「これはおかしい、聞き棄てにならぬ。 そういういい廻しをなさる以上、何か拙者に 姦策 ( かんさく )でもあって、お京様の前で貴殿の事を、悪しざまに申していたようでござるな。 いやはやどうも飛んだ廻り気で。 貴殿、それでは永生きはされぬ、神経ばかりいら立ててはな。 婚礼も間近にせまっている。 いわば恋の勝利者だ。 どんなに威張っても大丈夫だ。 広太郎め、もがいていやがる。 金があるの、文武両道、兼備でござるのと鼻にかけても、女扱いではかなうまい。 ざまあ見やがれ、いい気味だ。 しかし広太郎も驚かない。 「ほほうさようか。 それなら結構、まことに公明正大というもの、見上げてござるよ、臼井氏」 ヒョイとあっさり引っぱずしてしまった。 今度は金弥があせって来た。 「なんだ、お高くとまりやがって、見上げてござるもないものだ。 これじゃあまるでおれの方が、下眼に見られてスカされたようなものだ。 お京様の前だ、いけねえいけねえ。 馬鹿に見える。 このおれがな」 いいなずけの娘お京の眼に、馬鹿気て見えるということは、まさしく一大事に相違なかった。 「大きく出てやれ、話を大きく」で金弥はいったものである。 「いや何貴殿の噂などは、ほんのチョット出たまでで、実は当今のお政治向きについて、主として話しておりましたので」 こいつを聞くと広太郎「ははん」といって眼をまるくした。 がその眼が細まった時、プッと両方の頬がふくれ前歯がチラリと現われた。 軽蔑しきった苦笑である。 「ははん、さようで、それは大きい。 うぶな娘ごの前などでは、大きな話をした方が、たしかにえらく見えますからな。 しかし一層大きいなら、日本の話より五大州の話、ないしは 天文 ( てんもん ) 地文 ( ちもん )の話、地獄極楽の話などの方が、効能がありはしませんかな。 ただし結局そういう話は、面白くないことも確かでござる。 あえて皮肉ではござらぬが、若い娘ごに取り入ろう、こういうお心でござるなら、歌舞伎物まね音曲話、そういったやわらかい話の方が効果てき面と思われますがな。 第一その方が貴殿に似合う。 似合わぬものはつまりニセ、いか物はいけない、いか物はいけない!」思い切って突っぱねた。 と、ムラムラと金弥の顔へ、怒気が浮かんだものである。 金弥の顔色が変ったのは、広太郎にとっては痛快であった。 しかしこれ以上やり込めるのは、大人気ないと思ったので、クルリと背を向けて舞二郎へ向かった。 「舞二郎殿、おいそがしいかな」 「いや、例によって平凡で」 「ちょっといつもよりお顔色が悪い、勉強が過ぎるのではあるまいかな」 「ナニ、それほど勉強しません」 「それがよろしい、おなまけなさい」 「これ以上なまけたら馬鹿になる」 「いやそれ以上勉強されては、この拙者などはお話しさえ出来ぬ」 「そういわれるとこの拙者、なんだか大変学者のように見える」 「学者でござるとも、立派な学者で」 小松原舞二郎、 生来 ( せいらい )の多病。 それで剣道は自ら廃し、好める学問の道にむかい、 林家 ( りんけ )の弟子として 錚々 ( そうそう )たるもの。 広太郎と同年で二十三歳、それでいてすでに代講をする。 学者として立つことさえ出来るのである。 顔色あおく、身体やせ、話す声なども弱々しい。 が、すみ切った光ある眼、敏感らしいしまりのある口。 頭脳の 明晰 ( めいせき )と相まって、その心は広く厚く、老成した君子のおもかげがある。 広太郎ほどの人間でも、舞二郎には一目置き、むしろ 兄事 ( けいじ )しているのである。 「拙者などより広太郎殿、貴殿の方が世間が広い、面白い話はござらぬかな」 「さようさ」といった広太郎、先夜の出来事を思い出した。 「一つあります、意外のことが、世間には物騒なやつがある。 拙者ひどい目にあいましたよ」 で、捕り物のあったこと、不思議な人間に斬り立てられたことを、かいつまんで物語った。 「ほほう」と舞二郎それを聞くと、驚きの目を見張ったが、「捕り物の内容ご存知かな?」 「いやいやトンと存じませんな」 「邪教徒の 巣窟 ( そうくつ )を襲ったのだそうで」 「ははあ邪教徒? ではキリシタン」 「さようさようキリシタンで」 「で、結果は? 一 網打尽 ( もうだじん )かな?」 「主領をはじめ五、六人の者が、うまくのがれたということで」 「ふうむなるほど、それでわかった。 隅田で出あったあのくせ者、恐らくそいつらの一人でござろう」 「さよう、話のご様子ではな」 「どっちにしても物騒な世情だ」 「 台閣諸侯 ( たいかくしょこう )も困難でござろう」 「いや全く困難らしい。 叛骨 ( はんこつ )を帯びた連中が随分諸方面にいるようでござる。 南海の龍、紀州大納言、このお方などは随一人だ」 「変な浪人も沢山いますな」 「由井正雪、 山鹿素行 ( やまがそこう )」 「 外様 ( とざま )大名にも危険なのがいます」 「伊達、島津、加賀、毛利」 「天草、島原の残党などもな」 「それに近来頻々と、奇怪な盗賊が横行するようで」 「それに」と舞二郎はうれしそうに、「お聞き及びでもござろうが、婦女子をかすめる悪漢が 跳梁跋扈 ( ちょうりょうばっこ )しているようで」 この時であった、不思議な声が、塀の外から聞こえて来た。 「イスラエルの神に…… にえ捧げようぞ!」 続いてジャラーンという音がした。 しわがれてはいるが力のある、鬼気を含んだ声である。 「あいつの声だ! 間違いない。 ……ご免」というと広太郎、裏門から外へ飛び出した。 飛び出したところは屋敷町、いつもは人通りが少ないのに、近所に祭礼でもあると見えて沢山人が歩いている。 その人々の頭の上、二尺あまりもグンとぬきんで、巨大な 白木綿 ( しらゆう )が歩いていた。 純白の髪を肩へたれ、純白の 行衣 ( ぎょうい )を身にまとい、一尺ばかりの一本歯の下駄、そいつをはいた修験者で、 環 ( かん )のついた 鉄杖 ( てつじょう )をつき、 数間 ( すうけん )のかなたを人波を分け、悠々と歩いて行くのである。 翻 ( ひるがえ )る 袂 ( たもと )、乱れる 裾 ( すそ )、なびく白木綿そっくりだ。 「 薄 ( うす )月夜の墨田堤、 桜群葉 ( さくらむらば )に蔽われて、はっきり姿は見えなかったが、間違いのない純白の髪、そっくりそのままのしゃがれ声。 あの時の曲者に相違ないが、修験者とは意外だな。 とにかく顔を見てやろう」 その時修験者は 四角 ( よつかど )を曲がった。 その角を広太郎がまがった時、やはり修験者は数間のあなたを、同じように人波を分けながら、悠々として歩いていた。 急ぐようにも見えないが、非常に大股にでも歩くのだろう。 容易なことでは追いつくことが出来ない。 柳町から 餌差町 ( えさしちょう )、この辺は広い往来で、両側に家々がビッシリと並び、いらかが薄白く陽に光り、地面からほこりが立ち、物売りの声、下駄の音、行き来の人の話し声、文字通りの 雑沓 ( ざっとう )であったが、その騒音を貫いて、ジャラーンと響き渡る物の音、修験者の持っている鉄杖だ。 餌差町と春日町の間、ちょうどその辺まで来た時である。 編笠をかぶった一群の武士が、辻からムラムラと現われた。 と、修験者を指さして、口早に何やらしゃべったらしい。 揃って後を追っかけた。 「おかしいなあ」と広太郎、心の中で怪しみながら負けずに後を追っかけた。 白衣の修験者をクルクルと、武士の一団が取り巻いたのは広い春日町の四辻で、「何か起こるな!」と思った時、はたして意外な事件が起こった。 まず修験者が立ちどまり、サーッと鉄杖を 揮 ( ふる )ったものである。 とたんに二、三人バタバタと、もろくも武士が地に倒れた。 と思った一瞬間、修験者の姿が消えてしまった。 しかし間もなく宮坂町の方から、きわめてかすかではあったけれど、ジャラーンという音が聞こえて来た。 あッと思う間の出来事である。 広太郎はぼんやり突っ立ってしまった。 「あの早業、あの力量、あの男に相違ない。 ……だがいったい何者だろう?」 その時である、耳もとで、つぶやく声が聞こえて来た。 「お嬢様にご用心なさりませ。 ……あぶのうござります。 ……ご用心」 振り返って見ると一人の男、 浅黄 ( あさぎ )のずきんにうこんの袖なし、伊賀袴をはき一本差し、人形箱を胸へ掛けた、古風の 傀儡師 ( くぐつし )がうつ向き加減に、足のつま先を見詰めながら、すべるように右手を通って行く。 ずきんの下からはみ出しているのは半白になったかみの毛で、年はそちこち五十五、六。 たくましい 頸 ( くび )、怒った肩、くくりあごの 下 ( しも )ぶくれ、横顔ばかり見せていたが、ワングリと高い立派な鼻、食いしばったような口もとなど、一癖も二癖もあるつら魂。 「おかしいなあ、なんのことだろう? お嬢様にご用心なさりませ。 あぶのうございます、ご用心。 ……おれにいったのか誰にいったのか、こいつからしてわからない。 おれには一人だって妹はない、女房がないんだから娘もない」 気がついて見るとその傀儡師、宮坂町の方へ行くと見えて、春日町の辻を西へまがった。 「待てよ、こいつひょっとすると、お京様のことじゃないかしら? どっちみちひどく気にかかるなあ」真夏の白昼、修験者と傀儡師。 二つのものの 怪 ( け )にぶつかったように、広太郎は 慄然 ( りつぜん )と身ぶるいしたが、はたして大事件が持ち上がった。 その夜起こった事件というのは、不思議といえば不思議でもあり、奇怪といえば奇怪でもあるが、平凡といえば平凡ともいえる。 一口にいえば、娘のお京が、危うく人さらいにさらわれようとしたのを、袴広太郎が人さらいをとらえ、通りかかった同心達へ、突き出したというまでである。 人さらいというのはほかでもなく、「イスラエルの神へ にえ捧げようぞ」こう呼ばわった修験者であった。 その夜お京は兄の部屋で、かなり遅くまで話しこみ、十二時近くなって 寝 ( しん )についた。 お京はおとなしい性質で、日本式の娘型。 物事 ( ものごと ) 内輪 ( うちわ )へ内輪へとひそめ、出しゃばることをひどく嫌った。 はたして旗本の娘だろうか? あまりに貴族的の鼻ではないか、こういいたいような鼻の形。 くちびるはいちごのように小さく赤い。 どこにともなく神性があり、処女という言葉の具象化が、すなわちお京だということが出来る。 燃えるほど広太郎を愛していても、いいなずけの金弥を退けようともしない。 寝についても眠られず、昼間 角目 ( かどめ )立って口論した、広太郎とそうして金弥とのことが、心にかかってならなかった。 それでも午前二時頃になると、うとうとと眠気がさして来た。 と、その時間近いところから「お京!」と呼ぶ声が聞こえて来た。 「どなたか 妾 ( わたし )を呼んでいる」こう思った時また、「お京!」 それはそとから来るらしい。 ふすまを抜け出し雨戸を開け、裏庭をのぞくとよい月夜。 と、また「お京!」と呼ぶ声がする。 「はい」というと、はだしのまま、スルスルと庭へ下り立ったが、裏門の方へフラフラと行き、門を開けたのも無意識であった。 と見ると往来には 人気 ( ひとけ )なく、あおあおと光が 漲 ( みなぎ )っている。 月光の中に立っているのは、 白木綿 ( しらゆう )のような真っ白の人物。 余りに 身長 ( みたけ )が高いので、仰ぎ見なければならなかった。 「 妾 ( わたし )をお召しでございますか」 「 従 ( つ )いておいで、イスラエルの宮へ」 「はい有難う存じます」 「選ばれた処女、恐れるには及ばぬ」 ユラユラと歩く後につき、屋敷の角をまがろうとした時、真っ黒のものが飛び出して来た。 「 売僧 ( まいす )!」 「無礼者!」 「人さらいめ!」 ジャラーンと鳴る 鉄杖 ( てつじょう )の音、ヒューッと風を切る木刀の音、「うん!」といううなり声。 ドッと倒れた人間を踏まえ、突っ立ったのはほかでもない、 傀儡師 ( くぐつし )の言葉に不安を覚え、一夜警護に当っていた、袴広太郎その人であった。 「お出合いなされ! お出合いなさい!」 わめいた声を聞きつけて、小松原家から 家人 ( かじん )が来た。 そこへバラバラと走って来たのが、市中見廻りの八丁堀の同心。 「おお袴氏と仰せられるか、こやつ邪教徒、しかも人さらい、捕えあぐんだ曲者でござる。 ようこそお捕えくだされた。 お渡しくだされ、引っ立てて参る」 「それはご苦労、お連れくだされ」 「今後もお娘ごにご用心」 見ればお京、気絶している。 家へかつぎ込んで介抱すると、パッチリ眼を開けたが物をいわない。 しかし事件がこれだけなら、さして問題でもなかったのだが、この後が非常に悪かった。 というのは数日後、衣裳美々しい立派な武士が、袴広太郎を訪れて、こんなかけ合いをしたからである。 「それがし事は西国の武士、 築土 ( つくど )新吾と申すもの、突然参上無礼の段は、特にご 容赦 ( ようしゃ )にあずかると致し、早速ながら申し入れます。 うけたまわれば 貴所様 ( きしょさま )には、昨夜掃除町の方面にて、目下評判の 人攫 ( ひとさら )いを、からめ取られたと申すこと、しかとさようでございますかな?」 丁寧なようなところもあれば、傲慢なようなところもある、かなり不快な態度口調で、まずその武士は口をきった。 「いかにもさよう」と広太郎、負けずに不作法に返辞をする。 「それがなんとか致したかな?」 「いや、お手柄でございましたな。 いかが致して貴所様には、 生擒 ( いけど )り致してございますな?」 「木刀で脳天をくらわせてござる」 「ほほう、木刀で。 それは不思議。 では貴所様には、あの人攫い、昨夜あの辺を襲うということを、あらかじめご承知でござりましたかな?」 「さよう」といったが広太郎、こいつ何かもくろみがあって、やって来たなと感づいた。 「まずまずそういってもよかろう」 「拙者もさよう存じました」築土という武士、どうしたものか、ここでキラキラと目を光らせた。 「袴氏……で、獲物は?」声を落とした忍び 音 ( ね )だ。 「何、獲物? なんのことでござる?」 するとその武士、ニヤニヤしたが、「駄目でござるよ、袴氏。 たとえどのようにお隠しあっても、決して決して一人占めにはさせぬ」変なことをいい出した。 「一人占め、いよいよわからぬ。 なんでござるな、獲物とは?」 「ふッ、ふッ、ふッ、ふッ」とどうしたものか、築土という武士、陰険に笑った。 「いやさすがは袴氏。 容易に底をお割りにならない。 そうでござろう、それが当然。 実際それだけのご用心がなければ、あのような仕事は出来ませんからな。 がしかし袴氏、われらも最近あの男を、つけ狙っていたのでございますぞ。 横取りされてはたまらない。 第一」と武士は眼を怒らせた。 「本来きゃつの持っていた物はわれわれ一味の所有物でござった。 それをきゃつめがドサクサまぎれに。 ……いやそれゆえあの獲物を、全部貴殿よりお返しを願い、一人で 得分 ( とくぶん )しようなどとは、決して決して申しませぬ。 それほどわれらも 野暮天 ( やぼてん )ではござらぬ。 平たく申せばまず山分け、これはもうもう当然でござる。 その点は充分ご安心、大丈夫でござる大丈夫でござる。 なかなかもってあのような獲物は、一人で取ろうの儲けようのと、ジタバタしたところで出来ない相談、莫大なねうちでございますからな。 で、打ち明けてご相談いたす、どうぞ貴殿におかれても、われわれ一味の仲間へはいられ、共同的行動を願いたい。 これではいなやはございますまい。 第一その方が安全でもあり、また可能性もあろうというもの。 もちろんご存じとは存じますが、貴殿の獲られた獲物だけでは、甚だ不完全でございますからな。 その片割れの持ち主も、当方においてはあらかたのところ、目星をつけておりますので。 この点貴殿には有利でござる。 で是非とも……」とひざを進めた。 「われわれ一味にご加入くだされ、その入会の 印 ( しるし )として、今日ひとまず拙者の手へ、獲物をお渡しくださるまいか」 これには広太郎参ってしまった。 なんのことだかわからない。 「獲物獲物とおっしゃるが、この拙者にはトンとわからぬ。 どのようなものかな、その獲物とは?」 真面目にきき返したものである。 と、武士の面上に、憎悪の情が浮かんだが、すぐに 佞柔 ( ねいじゅう )の表情に返った。 「いいかげんになされ、袴氏。 とぼけるのにもほどがござる。 よしまたどのようにトボけられても、食わせられるような拙者でもない。 お芝居をするも善し悪しでござるよ」 「芝居もしなければトボけもしない。 拙者真面目にきいているので」 「ふふん」と武士はせせら笑った。 「あくまでもシラをきられる気かな」 「知らぬものは知りませんな」 「それで拙者を追っ払う気かな」 「当方でお招きしたのではない。 ご用が済まば帰られるがよろしい」 広太郎も少し 気色 ( けしき )ばむ。 「さようか、なるほど。 そう出られたか」 築土新吾、スッと立った。 がまたすぐにピッタリと坐り、探るような声でつぶやいた。 「ご不満かな、山分けでは? よろしい、それでは、四分六といたそう」 「くどい!」と広太郎、腹に据えかね、はじめて 叱 ( しった )を響かせた。 「何をいわれる、無礼千万! 拙者も武士、嘘はいわぬ! 獲物の山分けの四分六のと、町人じみた不快な掛け合い。 知らぬといったらあくまでも知らぬ。 すぐに帰られい! 帰らっせえ!」 「よろしい!」 と新吾、 わしのように、その眼光をひらめかせたが、 「後悔なさるなよ、袴氏……いやきっと後悔する……見たようなものだ、後悔されよう! ……貴殿に関してはこの数日、われら懸命に探ってござる。 秘蔵の一品盗み取り、貴殿に鼻をあかせて見せる」 「よかろう」と広太郎投げるようにいった。 「盗みたければお盗みなされ」 「ふふん、その時……」 「馬鹿め!」 「何を!」新吾の顔に一瞬間、身振るいするような兇相が、ムラムラとばかり現われた。 帰ったあとで広太郎、吹き出さざるをえなかった。 「なんだろう、あいつ、変な奴だった。 鷹野 ( たかの )ではあるまいし、獲物獲物と、獲物のことばかりいっていたが、おれは知らないよ、そんなものは」 だが間もなく驚くべきことが、かれの身の上に振りかかってきた。 二日ほどたった深夜のこと、小松原家から人が来て、お京の紛失を告げたのである。 「ううむ」と広太郎、それを聞くと、手を握らざるをえなかった。 「秘蔵の一品盗んでみせると 悪武士 ( わるざむらい )め 威嚇 ( いかく )したが、さてはお京のことだったか」 大小ぶっこむと屋敷を出、辻駕籠に乗ると駈けさせた。 「舞二郎殿、真実かな 」 小松原家へ駈けつけるやいなや、声を筒抜かせたものである。 平左衛門と舞二郎、成長した 陰間 ( かげま )の金弥まで、声もなく奥の間に坐っていたが、 「広太郎殿、よい知恵を」 いつも沈着の平左衛門が、まずオロオロといったものである。 「お聞かせくだされ、どういう事情?」 「こうでござる」と舞二郎、沈痛の口調で語りだした。 「実は 人攫 ( ひとさら )い事件以来、お京、憂鬱になりましてな、ものさえろくろく申しません。 恐ろしい災難にあった者が、時々落ち入る憂鬱性、まずそれだろうとは存じましたが、うっちゃって置いては、病気にもなろうと、 努 ( つと )めて心を引き立てるように、いろいろ注意を加えましたが、どうも一向きき目がない。 そこで本日無理に勧め、小間使いお常に供をさせ、浅草へ遊びにやりましてござる。 夕方になっても帰ってこない。 どうした事かと案じていると、お常一人がひともし頃に、泣き込んできたではございませんか。 どうしたときくとお嬢様が、人さらいにさらわれたとこう申すので。 どこでさらわれた、どうして 攫 ( さら )われた、さらった武士はどんな人相かと、拙者たたみかけてききますと、場所は浅草の 河喜 ( かわき )という料亭。 さらった武士は四十格好の、あごひげの濃い、眉の太い、立派なよそおいをしたさむらいで、なんと不思議ではございませんか、このようにいったと申しますことで、『拙者は 築土 ( つくど )新吾といい、袴氏とは年来の懇意、先ほどよりして河喜の二階で、広太郎殿と飲食中、ふとご令嬢のお通りを見かけ、広太郎殿の申すには、小松原家のご令嬢、お京様が通られる。 甚だもって失礼ではあるが、お差し支えなくばお立ち寄り、お物語りいたしたい。 貴殿お勧めして参るようにと。 で拙者参りましてござる。 お手間は取らせぬ。 ほんのちょっと、お立ち寄りくださらば有難いしあわせ……』妹めも甚だ不注意千万。 たしかめもせずうかうかと、立ち寄ったそうでございます。 さあそれっきりいつまで待っても、妹の姿が現われぬ。 心配になってはいってきくと、そのお客様なら二 挺 ( ちょう ) 駕籠 ( かご )で、ずっと以前に裏口から立ち帰ったという女中の返辞。 そこでお常仰天し、泣く泣く帰って来ましたそうで……それから家内大騒動、人を出して捜索中。 さよう、ただ今も捜索中でござる。 ……もちろん拙者の思うには、例の人攫いの一味の者の、わるだくみに相違ない。 袴氏の知ったことではない。 しかし一応お越しを願い、事情申し上げた上で、お知恵もあらばお借りしたいとな。 ……広太郎殿、どうしたものでござろう?」 これが舞二郎の話であった。 「ううむ」とうなると広太郎、腕をくんで考えたものだ。 しかしこれは 詭計 ( きけい )であって、内心ではたいして驚かなかった。 「おおかたこうだろうと思っていた。 おれにはきゃつらのやり口がわかる。 築土新吾となのる奴、おれが獲物を持っていると、あくまでも信じているところから、お京様を奪い取り、それをおとりにおれを誘い、きゃつらのいうところの獲物なるものを、巻き上げようとするのだろう。 なるほどな。 うまい手だ。 おれが獲物を持ってさえいたら、早速出すに相違ない。 ただいかんせん、持っていない。 第一獲物の性質さえ知らない。 いったい何だろう、獲物とは? ……しかしそれはともかくとして、きゃつらの目的は獲物なのだ。 有難いことにはお京様ではない。 で明日にもきゃつらの方から、なんとかいってくるだろう。 その時かまわず乗り込んでゆき、掛け合ってお京様を取り返してこよう」 で広太郎はこういって、小松原家へいとまを告げた。 「拙者に少しく存じよりもあれば、まずまずおまかせくださいますよう。 あすかあさって、両三日中には、お京様をきっと奪い返し、おつれいたすでございましょう。 心配ござらぬ。 ご安心なされ。 特に 臼井 ( うすい )金弥殿にはな」 そとへ出ると 薄 ( うす )月夜、明け近い深夜で人通りがない。 だが上野まで来た時である、うしろから人の足音がした。 振り返ってみると見覚えのある、例の不思議な 傀儡師 ( くぐつし )であった。 「四谷左門町、 播磨守 ( はりまのかみ )様の裏手、黒板塀に 巴 ( ともえ )の印、……そこをお 訪 ( たず )ねなさりませ」 つと横へきれて消えてしまった。 慶安年間の四谷左門町ときては、いわゆる 悪漢 ( わる )の 巣窟 ( そうくつ )で、微禄の御家人とか 香具師 ( やし )とか、猿廻しとか 夜鷹 ( よたか )とかないしは怪しげな浪人者とか、そんな者ばかりが住んでいた。 もちろん商家もあったけれど、真面目な商人は少数で、物価などもうんと高く、ほかの町でのまず三倍、それで売る方も平気なら、また買う方も怪しまない。 かどわかし、 賭博 ( とばく )、喧嘩、 刃傷 ( にんじょう )、すり、泥棒というようなことが、昼夜となく行なわれ、しかも法網をくぐっている。 悪漢 ( わる )には 悪漢 ( わる )の道徳があり、互いに隠し合いかばい合うからだ。 お尋ね者にとっては安全区域、ここへ逃げ込むと目つからない。 その代わり若い女などが、うっかりここへ紛れ込もうものなら、とても純潔では帰れない。 なにがし播磨守という大名屋敷が、この一郭に立っているのは、ちょっと場違いの感があるが、その屋敷の裏手にあたって 巴小路 ( ともえこうじ )という小路がある。 露路があたかも巴のように、変な形に作られていてそこへいったんはいり込むと、容易なことでは出ることができない。 危険な左門町のその中でも、とりわけ危険な一郭で、ここに住んでいるということだけで、悪党どもは押しがきいた。 「ナーニあっしは善人で、 綽名 ( あだな )は仏、名は 小平 ( こへい )。 虫けら一匹殺しゃあしません。 もっとも住居は巴小路で」などというとたいがいの者は、ふるえ上がって金を出す。 その物騒な巴小路の真ん中どこに立っているのが、巴御殿という化け物屋敷であった。 御殿とはいっても巴小路での御殿。 黒板塀こそかかっているが、決してたいした 伽藍 ( がらん )ではない。 だがいったいどういうところから、化け物屋敷というのだろう? いずれ原因を探ったら、先住のなにがしが 妾 ( めかけ )を殺し、 爾来 ( じらい )血の 雫 ( しずく )がしたたるとか、金持ちの婆さんが 縊 ( くび )り殺され、その恨みが残っていて、毎晩毎晩しゃがれ声で、「金くだせえ」とおっしゃるとか、そんなところへ落ちつくのだろう。 さらに一層研究したら、超自然的の原因などはなく、 陽 ( ひ )あたりが悪いとか、井戸水が悪いとか、まわりがきたないとか、家賃が高いとか、至極平凡な実際問題へ、帰納されるに相違ない。 事実そこはここ数年来、借りて住む者がないのであった。 借り手がないから家がクサる。 家がクサるから陰気になる。 で、世間の連中が、化け物屋敷だと 吹聴 ( ふいちょう )する。 事実が 顛倒 ( てんとう )して語られるところに、 魑魅魍魎 ( ちみもうりょう )や化け物屋敷の、存在が許されるというものである。 いったん存在が許されるや、神に氏子、仏に信者、そういうものができるように、取り巻きの 連中 ( れんじゅう )が現われる。 ひどい奴になると利用する。 「巴小路の化け物屋敷、そりゃあとてもすごいものだ。 だがおれは驚かねえ、おれはそのそばに住んでいる。 どうだえ、えらかろう、金をよこせ」 すると一両出すところを、二両出そうということになる。 巴小路の住人にとっては、巴御殿の存在は、とんだ 金儲 ( かねもう )けの種なのであった。 金儲けの種だから大事にする。 そこでセッセと宣伝する。 次第まさりに巴御殿、出世せざるをえないではないか。 で、このごろでは巴御殿、幻怪神秘のとばりを 纒 ( まと )い、 蟠踞 ( ばんきょ )するようになってしまった。 そうしてちっとも不思議でないことには、宣伝をした氏子までが、どうやらこの頃では巴御殿を、超自然的建物と思うようになった。 ところがほんの最近に至って、驚くべきことが出現した。 金儲けの種で信仰のマトの、巴御殿に借り手がつき、かれらの縄張りを犯したことである。 いよいよ一騒動なくてはならない。 喧嘩するにもゆするにも、あらかじめ敵の状況なるものを、知っておかなければ都合が悪い。 巴小路の住人ども、巴御殿の借り主を、そこでこっそり探ってみた。 天草殿と呼ばれている、一見貧弱な老武士と、築土新吾と呼ばれている、威風堂々たる中年の武士。 それから 煮焚 ( にた )きをするお婆さん、住み手はわずか三人と知れた。 「なんだ、たった三人か、二本差しなんかにゃあ驚かない。 ねじ込んで行け、ねじ込んで行け」 すっかりなめて掛かったが、間もなく見当がはずれてしまった。 なるほど住み手は三人ではあるが、続々と異風の人間が、出たりはいったりするからで、武士姿の者、町人風の者、無頼漢風の者、旅姿の者、しかもそれらが揃いも揃って、足の運び眼の配り、普通尋常な者ではない。 「驚いたなあ、何者だろう? どっちみち大変な奴らしい。 こいつアちょっと手が出せねえ」残念ではあったが巴小路の住人、指をくわえて引きさがってしまった。 さてある日の午前である。 この物騒な巴御殿の前へ、姿を現わした武士があった。 「四谷左門町播磨守様の裏手、黒板塀に巴の印、うむ、この屋敷に相違ない」不思議な傀儡師に暗示を受け、お京を取り返すそのために、やって来た袴広太郎である。 「ご免」と玄関で案内を乞うた。 ぬっと姿を現わしたのは、向こう傷のある兇相の武士。 「どなたでござる。 何かご用?」 「拙者は袴広太郎。 築土殿に 御意 ( ぎょい )得たい」 「ははあ、貴殿が袴氏で。 取り次ぎましょう、 暫時 ( ざんじ )お待ち」気味悪く笑うと引っ込んでしまった。 「いやな奴だな、笑いおった」あたりを見廻すと庭が広く、樹木が小暗く繁っている。 「場合によっては斬り合うかもしれない。 立ち木の多いのは結構だ。 多勢を相手に戦うには、 掩護物 ( えんごぶつ )が必要だからな」 「袴氏、いざお上がり」同じ武士が現われた。 通された部屋は薄暗く、しけるとみえて 黴臭 ( かびくさ )い。 しばらくは誰もやって来ない。 油断なくあたりを 窺 ( うかが )っていると、一つ 間 ( ま )を置いた奥の部屋で、ボソボソ話す声がした。 一つはいかにもいき苦しそうな、確かに老人の声であり、もう一つはまさしく聞き覚えのある、築土新吾の声であった。 その話し声の絶えた時、前のふすまがスッと開いた。 「これはこれは袴氏。 過日は参上失礼いたした。 今日 ( こんにち )はようこそ参られたな。 実は本日人を 遣 ( つか )わし、ご招待いたそうと存じていました。 なんのご用でおいでだか、それももちろん承知でござる。 お京殿のことでござろうな。 それにつけてまずおわび、全く失礼いたしてござるよ。 お名をかたって浅草から、いわば、 誘拐 ( ゆうかい )いたしたので。 が、それとて例の獲物、あいつが是非ともほしくてな。 そこでちょっと小手細工。 貴殿最もお大事なものを、いわゆる玉として引き上げましたので、悪くお思いくださらぬよう。 ご心配ござらぬ、ご心配ござらぬ。 お京様にはマメ 息災 ( そくさい )、機嫌よく笑って遊んでおられる。 さてそれで単刀直入に本題に入る、としてもちろんご 来駕 ( らいが )あられたについては、例の一件物ご持参と存ずる。 いざ、お渡しくださるよう。 それと引き換えにお京様、早速この場でお渡しいたす。 いやここまで考えるには、ずいぶんと骨を折りました。 が、結果は成功というもの、有難し獲物が手に入りますかな。 貴殿もすばらしくおえらいが、これで拙者も馬鹿でないつもり。 アッハッハッいってみれば、狐と狸のばけくらべで、ただ残念には 丑 ( うし )みつでない、昼も日中午前ときた。 いやまたこいつが新しくてよろしい。 が、駄弁はこのくらい、計算勘定しましょう」築土新吾坐ると同時に、相手に物をいわせまいと、勝ち誇った 高飛車 ( たかびしゃ )態度。 そればかりか両手を差し出して、いただくように上向けた。 早く獲物を 載 ( の )っけろ載っけろ! つまり はたっているのである。 憎い奴とは思ったが怒っては損と広太郎、わざと冷静沈着に、「一昨々日おいでの節も仰せられた獲物という言葉、とんと拙者には合点参らぬ。 まずそれから承りたいもので、かかる場合掛け引きは無用。 拙者決して 嘘 ( うそ )は申さぬ。 獲物の内容お教えくだされ。 もしその上にて拙者の手で、調えられる品物なら、即刻喜んで調えましょう。 また手に余る品物なら、これはどうもいたし方ござらぬ。 おことわりをしたその上で、 今日 ( こんにち )は拙者も決心して参った。 一歩も引かぬ、刀にかけても、きっとお京様をいただいて参る。 築土新吾殿、一体全体、獲物というのはどんな物でござるな?」隙を見せては大変である。 こういいながら広太郎、相手の顔を睨みつけた。 と、築土新吾の眼に、ありありあざけりが浮かんだが、それが消えると怒気となった。 「黙らっしゃい!」とまず一 喝 ( かつ )、「何をいわれる、馬鹿な話だ。 掛け引きしないといいながら、その口で掛け引きするではないか。 何、品物を調えるとな? それには及ばぬ、とぼけた話だ。 お手前の持っている品物さえ、当方へ渡せばそれでよい。 事は簡単、明瞭な話だ」ここで築土、 頤 ( あご )をしゃくった。 「な、袴氏、貴殿のことだ。 危険至極のわれわれの住居へ、単身やって来られたには、それだけの用意があったからでござろう。 それポッポ、懐中にさ、それとも左右の 袖 ( そで )にかな、例の獲物があるはずだ。 出したり出したり。 さあさあ早く」またもや、両手をヒョイと出し、 上向 ( うわむ )けにして 煽 ( あお )いだのは、よこせよこせという催促である。 袴広太郎、これを見ると、もういけないと決心した。 「おそらく何かの誤解だろう。 思い違いをしているらしい。 といってとくにもとかれない、一層こだわるは知れている。 屋敷はたいして広くはない、築土新吾と先刻の取り次ぎ、奥にいるらしい老いぼれ武士、家内はどうやら三人らしい。 斬って家探ししてやろう」 膝頭 ( ひざがしら )に置いた左の手、そっと 股 ( もも )へ引きつけた。 「斬りよい姿勢に大けさがけ。 右の肩からプッツリと! びっくりするなよ、据え物斬りのいき!」ムックリ立てかけた右の膝、これが動けば左手が 鞘 ( さや )、右手が 柄 ( つか )へ飛んでゆく。 一足踏み出せば抜き打ちだ! 「むっ」と気合をこめたとたん、奥から老人の声がした。 「築土よ築土よ、あぶないぞよ。 それ肩だ、右の肩」 飛びのく築土。 広太郎は、ギョッとしてピタリと 端坐 ( たんざ )した。 と、正面の 唐紙 ( からかみ )が、スルスルと一方へ開いたものである。 現われたのは一人の老武士。 やッ、その 風采 ( ふうさい )のあがらないことは! 年は六十以上でもあろう。 せいの高さは五尺にも足らず、握り 拳 ( こぶし )ほどの小さい顔、色は 蒼 ( あお )く 皺 ( しわ )だらけ、口を見ればみつくちである。 袴なしの着流しに、小刀一本たばさんでいる。 わずかばかりの 胡麻塩 ( ごましお )の髪を、総髪にしてうなじに取り上げ、紫のひもで巻き立てている。 チョコンと坐ると丁寧に一礼、それからしゃべりだしたものである。 「ようこそおいで袴殿。 愚老は浪人 天草時行 ( あまくさときゆき )。 以後はな、どうぞ別懇に……、それはそうと、広太郎殿、剣は 柳生 ( やぎゅう )を学ばれたな。 立派なもので、よい気合だ。 愚老すっかり感心いたした。 築土築土、大馬鹿者め! お前など十人かかろうと、広太郎殿に及びもつかぬ。 威張るばかりが能ではない。 以後は注意、人を見るがいい。 もうお前は斬られたようなものだ。 貝殻骨から胸板まで、サーッと一太刀。 アッハッハッハッ、すると 生命 ( いのち )がなくなってしまう。 がしかしだ、広太郎殿、貴殿もまだまだちょっとお若い。 気合をこめてぶった斬る、あれはな、普通のやり方で、名人となると反対だ。 気合を押さえて斬ってしまいます。 それはとにかく、さて広太郎殿……」時行ヒョコヒョコと膝を進めた。 膝を進めた天草時行、 硫黄火 ( いおうび )のように青光る眼を、じっと広太郎へ注いだが、 「正直に申す、広太郎殿。 愚老は貴殿の気性が好きだ。 ふすまを隔てて、お聞きした五音、 上相声 ( じょうそうせい )で清らかでござった。 内心にいつわりをたくわえぬ証拠。 そいつが築土にわからぬとは、ヤクザ者だな、このべら棒! 以後は注意、よろしいかな。 ……そこで広太郎殿へ申し上げる。 いやはや、どうもとんだ粗相、愚老をはじめわれわれ一味、貴殿を誤解しておりましたよ。 というのはいわゆる獲物、それをてっきりお持ちだと、……しかし今ではハッキリわかった。 お持ちでない。 そうでござろう。 そこで方向転換だ。 こいつどうも仕方がない。 ついては」と今度は一膝下がった。 「なんと貴殿のお力をもって、イスラエル教主、 島原城之介 ( しまばらじょうのすけ )、そいつの手から秘蔵の 巻軸 ( かんじく )それを取り返してはくださるまいかな?」 「イスラエル教主、島原城之介? 秘蔵の巻軸と仰せられるは?」広太郎ゴックリつばを呑んだ。 なんともいえない奇態な妖気、それが天草という老武士から、陰々とせまって来るからである。 「うむそいつもご存知ない? これは当然、そうでござろう。 お話し致す。 城之介とはな、貴殿が捕えて同心へ渡した、あの白衣の修験者でござる。 そうしてそやつが持ってるので、その巻軸というものをな」 「が、すでに修験者は、同心の手から奉行所へ」 「なるほど渡っているかもしれない。 しかしそこには裏があります。 地獄の沙汰も金次第、いやな例だが引かねばならぬ。 貴殿お家はたいへん裕福、それ、そいつを利用して」 「わいろを使えとおっしゃるのか?」 「いや、そこまでは指図いたさぬ。 潔白のご気性、おいやであろうな……では、やむを得ぬ。 お眼にかけよう、貴殿、魂のおののくものを」 天草時行スッと立ち、ふすまを開けると、縁へ出た。 「広太郎殿ついておいで」 縁の行きづまりに一つの部屋、それを通るともう一つ、そこのふすまを引き開けた。 昼だというのに暗いのは、四方たてこめているからで、ほんのり照ったのは 雪洞 ( ぼんぼり )の 灯 ( ひ )。 脇息により、手は合掌、開いたひとみで 洞然 ( どうぜん )と、天井を見ている若い女、間違いはない、お京である。 「逢ってお話しなさるがよい」トンと広太郎を突きやると、天草時行立ち去ってしまった。 走り寄った広太郎、お京の肩を 抱 ( いだ )いたものである。 「拙者でござる袴広太郎! お助けに来ました。 もはや大丈夫! お京様! お京様! お京様!」 だが返辞をしなかった。 何かをじっと見詰めている。 と、やがてあこがれるように、 「美しい殿堂、毛皮の 幕屋 ( ばくや )、祭壇で 小羊 ( こひつじ )がたかれています……広い 沙漠 ( さばく )、日が沈みました。 青いお星様、十字星……地中海の波が二つにわれ、そこを通って行く幾十万! 先頭に立ったモーゼ様! 山へお登りになりました。 雲が 蔽 ( おお )うて雲の中から、 黄金 ( こがね )の声が聞こえます。 「あっ、あなたは広太郎様!」 「気がつかれたかな、お京様!」 が、やっぱり駄目であった。 お京の顔が上向くと、 恍惚 ( こうこつ )としていうのである。 「花に蜜蜂、野には 牛乳 ( ちち )、遠い遠い小 亜細亜 ( アジア )。 美しい美しい約束の国、そこへ行かなければなりません」 「気が狂ったのだ! 発狂だ!」 「そうではござらぬ」と奥の部屋から、天草時行の声がした。 「 呪縛 ( じゅばく )でござるよ、城之介のな!」 今日の浅草 千束町 ( せんぞくちょう )、慶安時代には何といったか? 洗足町 ( せんぞくちょう )といったらしい。 今日も千束町は 魔窟 ( まくつ )だが、その時代も魔窟であった。 だがひどく色っぽい魔窟で、百鬼横行するけれど、おおかた美しい白首なのであった。 そういうところも今日に似ている。 小料理屋、私娼窟というようなものが、大いにはびこっていたのである。 洗足町の一ところに、 碁盤目小路 ( ごばんめこうじ )という一郭があった。 文字通り小路が碁盤目のように織られ、迷路をなしているからである。 碁盤目小路からやや離れ、今日でいえば 象潟町 ( きさがたまち )、その辺に風変わりの小料理屋があった。 その屋敷は南蛮屋、その料理は南蛮流、すなわちスペインやオランダ流の珍な料理を食べさせるのであった。 だがもちろん上流ではなく、今日でいえば縄のれん、いや二流どこのレストランで、大衆的ということもできる。 店飾りも異国的で、食卓や腰掛けも外国風である。 一年ほど前からあるのであるが、最近、素晴しく美しい女が、チョイチョイ店へ出るというので、にわかにワッと人気が立ち、白首、地まわり、ごろん棒、おつにひねったイカ物食い、そういうこれまでの 馴染 ( なじみ )以外、相当立派な侍や、大店の若旦那というような者まで、昨今は出入りをするようになった。 さてある晩のことである。 例によって南蛮屋は繁昌していた。 二十人近くの客があって、その中に五人ほどの武士がいた。 店とのれんをさかいにし、狭い料理場が出来ていたが、そこに数人の 料理番 ( いたまえ )がいてひそひそこんなことを話していた。 「おい、見や見や今夜もいるぜ。 薄気味の悪いリャンコめが。 あのあから顔の四十年輩、あの侍を知ってるかい」 「知らなくってよ。 お茶の水だあ」 「せいの高い侍は?」 「あれは 本郷三好坂 ( ほんごうみよしざか )だよ」 「本郷六丁目も来ているぜ」 「ふふん、浅草七軒町もいらあ」 「おっと、 最上 ( もがみ )の浪人もいらあ」 「全くもってご精が出るな、とっ代え引っ代え飽きもせずに、やって来るのはいいとしても、時々ひどく乱暴するので、たいして有難い客ではないよ」 「有難くないばかりかい、迷惑至極というものだ。 あいつらが来るのでいやがって、足を遠のかせるお客様もあらあ」 「だがあいつら、自分たちの素姓が、わからないと思っているのだろうか。 もしそうならトンチキだな」 「江戸じゃあ一流の人物だ、まさかそうとは思っていまい。 顔の知れている奴らだからな」 「親方にちょっと知らせておこう」 ひとり奥の方へはいって行った。 店では五人の侍が、チビチビ杯をなめながら、あたりの様子をネメ廻していたが、 「これ、ごろん棒、お前はどこだ?」お茶の水と呼ばれた四十年輩の武士が、横手に腰掛け酒を飲んでいた、地廻りらしいいなせの男へ、ぶっきらぼうに話しかけた。 「見れば立派な体格だが、それに年もだいぶ若い。 働き盛りだ、働け働け。 酒などあまり飲まぬがよい。 貴様五本もたいらげたではないか。 もっともおれは十本たいらげた。 飲みたければ酒も飲むがいい。 が、なるたけほかへ行って飲め。 南蛮屋では飲まぬがよい。 ひどくボルよ、この店はな。 さあさあ帰れ、いいかげんで帰れ。 いずれ女房もあるだろう。 帰って女房を可愛がれ。 たいしてべっぴんでもあるまいがな。 貴様のつらも相当不出来だ。 おそらく似合いの夫婦だろう。 ……なんだ、そのつらは、 睨 ( にら )みおったな」どうやら喧嘩を売るらしい。 相手が悪いと思ったのか、地廻りらしいいなせの男は、にが笑いをしてだまっていた。 かさにかかったお茶の水という武士、 「これ、貴様、無礼千万だぞ。 武士たるものに言葉をかけられ、返辞をしないとは何事だ。 おしか、それともつんぼなのか」 「うるせえヤイ! 三ピンめ!」 ここらあたりの地廻りときては、武士などには驚かない。 とうとう爆発させてしまった。 「何がなんだと、いらざるお世話だ! おれの金をおれが使うのだ。 てめえの厄介になりゃあしめえし、女房のことからおれのつらまで、なんの用があって詮索するんでえ。 どこで飲もうとおれの勝手だ。 ボルかボラねえかそんなことはてめえ達よりおれの方が詳しい。 見りゃあ相当のなりをしているが、田舎者だな。 銀流しだな、ゆすろうとかかっているのだな。 ヘンべら棒、その手に乗るか、コウこの辺の地廻りはな、雑種とは違う江戸ッ子だ。 火事が好きで喧嘩が好き、女が好きで酒が好き、大名小路広小路、伊勢屋稲荷に犬の糞、江戸紫から錦絵まで、嫌えなもなあ一つもねえ。 が、一つある。 二本差しよ。 こいつだきゃア 真 ( ま )っ 平 ( ぴら )だ。 『さようしからば』『貴公尊公』『雨天で降雨』『快晴で好天気』、アク抜けねえセリフを使いやがって、どこへ行ってもモテもせず、それでふだんに威張りゃあがる。 結構なご 府内 ( ふない )をゴミゴミと、きたなくするなあてめえ達だ! どうするか見やあがれ罰あたりめ!」 熱澗 ( あつかん )をサッと投げつけた。 あたったかというにあたらない、ヒョイと身を開いたお茶の水という武士、相手の 利 ( き )き腕をつかんだが、 「元気がいいの。 うん、ごろん棒」 「いてえいてえ。 おおいてえ!」いなせの地廻りもがき出した。 「おそろしい力だ、おおいてえ! こんなに強いとは知らなかった。 ワーッ、いけねえ、人殺しいい!」 「これこれ何だ、 野暮 ( やぼ )な声を出すな。 殺しはしない、折っぺしょるだけだ。 取ったこの手を逆にひねる。 するとメリメリと音がする。 骨のつがいが離れるのさ。 と腕がブランコになる。 身体 髪膚 ( はっぷ )父母に受く、 毀傷 ( きしょう )せざるは孝のはじめ、こんな格言もむだになる、可愛い女もだくことができない。 生まれもつかぬ 片端者 ( かたわもの )! よいか、ごろん棒、折っぺしょるぞ」 いなせの地廻り 真 ( ま )っ 蒼 ( さお )になり、フーフー息ばかりついている。 「それとも拙者の忠告を入れ、今後南蛮屋へは来ないようにするか。 誓えばゆるす。 どうだ、どうだ」 「へえへえ承知致しやした。 もう来ることじゃあございません。 旦那様え、ごめんなすって」 「うんそうか、それなら許す。 が、なんとかいったっけな、大名小路広小路、伊勢屋稲荷に犬の糞、江戸紫から錦絵まできらいなものは一つもねえが、二本差しだけは好かねえか」 「ありゃあ無駄の形容詞で」 「お前が本来むだじゃあねえか」 「そんなあんばいでございます」 「むだな人間というものは」トンと 門口 ( かどぐち )から突き出した。 「西の海へと、サラーリ、サラリ」 「お払い!」とそとで叫んだのは、とんだ場違いの江戸ッ子である。 とうとう一匹つまみ出してしまった。 バラバラと四、五人が立ったのは、そば杖を恐れて逃げたのだろう。 「いや、お茶の水面白かった」こういったのは 最上家 ( もがみけ )の浪人。 「さあ飲んだり、大きい奴で」グイとどんぶりを突き出したのは、本郷三好坂といわれる武士。 と、一人ヒョイと立った。 浅草七軒町と呼ばれている武士で、部屋の片隅に腰かけている、商家の若旦那とも思われる、町人のそばへ寄って行った。 事件が起こるかと思ったところ、何にも事件は起こらなかった。 武士が寄って来ると見て取るや、「ヒャッ」とわめいて若旦那、金も払わずに飛び出してしまった。 損をしたのは南蛮屋で、がっかりしたのは七軒町という武士。 「骨のある奴は一人もないな」ギロギロあたりをネメ廻す。 と、七、八人バラバラと、急いでそとへ逃げ出してしまった。 だが、その時不幸にも、一人の武士がはいって来た。 成長した 陰間 ( かげま )の臼井金弥で、悪い所へ来たものである。 髪が乱れ、衣裳が着崩れ、ちりをかぶっているところを見ると、まるで 永旅 ( ながたび )でもしたようだ。 色こそあおざめているけれど、さすが 縹緻 ( きりょう )を自慢するだけあって、眼に立つほどに美しい。 トンと腰かけにひじを突いた。 「これ女中、お 銚子 ( ちょうし )」気取ることだけは忘れない。 「オホン」とイヤな咳をした。 しかしすぐにガックリとなり、 茫然 ( ぼうぜん )として考え込む。 五人の侍うれしがってしまった。 「おい、三好坂、お前ゆけ」 「よろしい」というと立ち上がり、ニヤニヤ笑いながら近寄った。 「あいや、お武家。 お酌しましょう」 驚いた金弥、眼をあげると、三十八、九の立派な武士、向こう側に腰かけている。 「これは恐縮、いやそれには……」 「ご遠慮なさるな」とドクドクとつぐ。 「南蛮屋とはおなじみかな」 「なかなかもって、今夜がはじめて。 それも偶然通りかかり」 「ははあさようで、それなら結構、こんな所へは来ない方がよろしい。 お見受けすればご若年。 それにどうやら浮かないご様子、失礼ながら失恋かな?」沈着な声でズケズケと聞く。 すると金弥は眼を見張ったが、「ほほう、どうしてご存じで?」 「アッ、やっぱり失恋か。 それはそれはご同情に堪えぬ。 玄人 ( くろうと )でござるか、 素人 ( しろうと )でござるか?」 「 許婚 ( いいなずけ )でござる、拙者のな。 旗本の長女で名はお京。 昨日誘拐されましたので、それで拙者江戸市中を、尋ね廻っておりますので、お心あたりはござらぬかな?」金弥真面目に聞いたものである。 「さようさ」といったが三好坂という武士、かえってアベコベに面くらったらしい。 「いずれべっぴんでござろうな」 「いかにもさよう。 天女のようで」 「いやいや拙者の思うところでは、弁天様のように美しい筈で」 「お言葉どおり、弁天様のようで」 「だが少々浮気の方でござろう」 「これは無礼!」と金弥おこった。 「貞淑無類、珍しいほどで」 「いやいや拙者の考えでは、浮気者の 大莫連 ( だいばくれん )。 それで許婚の貴殿を 棄 ( す )て、 仇 ( あだ )し男と逃げた筈でござる。 ……競争相手はなかったかな?」 「さあ」と金弥、なぶられるともしらず、「一人ありました。 旗本の次男で」 「それそれそいつが仇し男でござる。 おそらく今ごろは手に手を取り……」 「いやいや断じて、そんなことはござらぬ。 実はその男も拙者と同じく、探し廻っている筈で」 「などと安心していると、貴殿、煮え湯を飲まされますぞ。 そいつが 曲者 ( くせもの )、討ち果たすがよろしい」 「さようかな? そうだろうか?」 金弥うかうか乗りかけた。 「ここに一つ残念なは、そやつの方が、武道では……」 「ははあ、貴殿よりできますかな」 三好坂という武士、またニヤニヤ、 「さようさ、全く、打ち見たところ、貴殿はご 縹緻 ( きりょう )はよろしいが、ちとそのどうも、ご柔弱のようだな」 縹緻がよいといわれたので、またもや金弥オホンと咳。 衣紋 ( えもん )を直したものである。 「失礼ながら貴殿には、寺侍でござろうの?」そろそろ無礼なことをいう。 「とんでもないこと、旗本でござる」 「ははあ、徳川ご直参か」 「しかも安祥旗本で、家柄にかけては、 負 ( ひ )けを取らぬ」 「それは、えらいの」とだんだん無礼。 「で、ご 知行 ( ちぎょう )は何千石で?」 「む」と金弥つまったが、「そういう貴殿は、お大名かな?」 「拙者、天下の浪人でござる」むしろ 凛 ( りん )とした声である。 「どうしたどうした三好坂」こういいながら四人の武士、ドカドカかたまってやって来た。 「何さ、ここにいるご仁がな、あんまり縹緻がお美しい。 寺侍かと聞いたところ、安祥旗本とおっしゃるので。 どうかな、旗本に見えるかな?」 「どれどれ一見。 これは美男! ははあこいつ、河原者だな」 「どれどれ一見。 これはヨカ 稚児 ( ちご )。 陰間 ( かげま )でござろう、それに相違ない」 「どれ拙者にも見せてくれ。 あッ、なるほど。 これは 素的 ( すてき )。 女であろう、変装した女」 「まあさ、拙者にも見せたり見せたり。 ウフッ、まさしく 両性 ( ふたなり )だな」 金弥ガタガタふるえ出した。 「無礼でござろう、無礼でござろう!」 「しゃれた事を申せ! 変性男子 ( へんじょうなんし )! それ 方々 ( かたがた )、この化け物の、腰の物を抜いてみようではないか」 「それがよろしい。 なまくら拝見」一人が金弥の刀を抜いた。 「感心感心、さびてはいない。 しかし曲げると曲がるやつだ」 ガランと往来へ投げ出してしまった。 「後学のため見て置かっしゃい!」 最上 ( もがみ )の浪人と呼ばれる武士、自分の大刀をギラリと抜いた。 「わかるかな、 粟田口 ( あわたぐち )藤四郎!」 すると続いて七軒町という武士、同じくギラリと引き抜いた。 「 来国光 ( らいくにみつ )で、切れるぞよ!」 続いて三人が引き抜いた。 「 大青江 ( おおあおえ )だ! よっく見ろ!」 「すなわち 鳥飼国俊 ( とりがいくにとし )だ!」 「驚いてはいけない、 松倉郷 ( まつくらごう )!」 真物 ( ほんもの )かにせ物か知らないが、名に聞こえた五本の刀、ズラリと並んだものである。 「もうよかろう」といったのは、お茶の水という武士であった。 「さあさあ帰れ。 今後は来るなよ」 トンと金弥を突き出した。 あとには客は一人もいない。 みんな逃げ去ってしまったらしい。 「これ、小女。 酒を持って参れ」 この前後から十二、三人の人影、家の奥から店をながめ、打って出ようとひしめいていたが、どうやら誰かがとめたとみえ、いつか姿が消えてしまった。 「酒はどうした。 酒だ酒だ!」 「もうよかろう。 勘定だ」 すると小女が現われた。 「へえ、五両いただきます」 途方もない高い値段である。 またゴテルかと思ったところ、例のお茶の水と呼ばれた武士、だまって小判を五枚並べた。 一斉に立ち上がって出ようとした時、門口から客がはいって来た。 ほかならぬ袴広太郎である。 どうしてこんな南蛮屋などへ、袴広太郎は来たのだろう? やはり金弥と同じように、偶然入り込んで来たのだろうか? それにしては様子が違う。 何か一心に思い詰めたような決心の色が明らかに 眉宇 ( びう )の間に現われている。 思うところあって来たらしい。 しかしそれはとにかくとして、南蛮屋の店へはいった以上、 安穏 ( あんのん )ではいられまい。 乱暴な五人の侍が、見のがしておく筈はない。 はたして五人の侍は、広太郎を見ると顔を見合わせ、元の席へ引き返した。 ここは南蛮屋の奥座敷、屋号に似つかわしい南蛮風の部屋で、青い 絨緞 ( じゅうたん )、オレンジ色の壁、 白堊 ( はくあ )の天井、 黒檀細工 ( こくたんざいく )の円卓、ギヤマン細工のランプなど、この時代には珍しい、異国趣味が漂っている。 巨大な 寝椅子 ( ねいす )に横になり、コロコロコロコロと音を立て、精巧な 水煙草 ( みずたばこ )の 吹管 ( すいかん )をくゆらしているのはイスラエルのお町で、この前に椅子に腰かけているのは、南蛮屋の主人でお町の同志、例の 早引 ( はやびき )の忠三である。 スペイン産の 漆黒 ( しっこく )の猫が、部屋をグルグル歩いているのも、南蛮産の純白の 鸚鵡 ( おうむ )が、もらった 煎餅 ( せんべい )をコチコチと、鋭いくちばしで、壊しているのも、ちょっと風変わりの光景である。 鉢植えの蘭は満開で、芳香がほのかに漂っている。 古風の兵船を描き出した、大型の油絵が金ぶちにはめられ、壁の一所にかけられてあるのも、また好もしい異国趣味である。 と、猫がノソノソと、鸚鵡の籠の真下へ行き、ミーンと一声やさしく呼んだ。 と、鸚鵡は煎餅を一ひら床へ落とした。 うまそうに猫がそれをたべる。 鸚鵡と猫とは親友らしい。 ガラガラと器物の壊れる音が、店の方から聞こえてきた。 「チェッ、奴らまだいやがる。 乱暴 狼藉 ( ろうぜき )の仕放題。 畜生ほんとにムカムカするなあ。 どうかしてやらなけりゃあ気が済まねえ。 これまでにした店だって、きゃつらのおかげでさびれてしまう。 ……あねご、 勘考 ( かんこう )はあるまいかね」 「うっちゃってお置きよ、どうなるものか。 今があいつらの全盛時さ。 あばれ放題あばれるがいいや、そのうちにこっちが勝ってみせる」 「などとおちついているうちに、口があいたらどうします」 「 妾 ( わたし )あ大丈夫と思うがねえ、そんな気遣いはまずなかろう。 相手も大変な人間だが、あいつだってあのとおりの曲者さ、痛め吟味では口もあくまい」 「あっしにゃアなんだか心配でね。 どうでしょう、いっそのこと、荒っぽい料理に取りかかっては」 「そいつこそ本当にあぶないよ。 だって忠公そうじゃあないか。 味方に五百人の人数があれば、敵には千の人数がある。 それに味方がどうかというに、残念ながら 烏合 ( うごう )の衆さ。 町人、百姓、ごろん棒、女子供に食い詰め浪人、一束いくらっていう人足だよ。 ところがお前、あいつらときたら、一騎当千の武者だからねえ。 それに親玉が浪人ながら、十万石のくらしをする、兵法の先生と来たひにゃア、どうあがいたって歯は立たないよ。 まあまあもう少しながめていよう、待てば海路の 日和 ( ひより )ってね。 古いようだが金言さ。 金言は無駄にはできないよ。 ……ネロや、ここへおいで」 ミーンとなきながらスペイン猫、寝椅子の上へ飛び上がった。 身体 ( からだ )をうねらせ抱く拍子に、裾から 緋縮緬 ( ひぢりめん )がはみ出した。 「眼に毒だ、 殺生 ( せっしょう )だなあ」忠三、横っちょを向いたものである。 「へん」とお町はあざ笑った。 「そう緋縮緬がこわくては、 太物屋 ( ふとものや )の前は通れないぜ」 「それがさ、並みの緋縮緬じゃあない。 あぶらの乗った真っちろな、ピンと張り切ったはぎが二本、鎮座ましますと思うとね、こう胸の辺がモダモダしまさあ」 「 粂仙 ( くめせん )の口だね。 きたない仙人だよ」 「惜しいものだ」と 早引 ( はやびき )の忠三、にが笑いをして慨歎した。 「あねごも今年ははたちの筈だ。 いろをこしらえていい頃だ。 兼好 ( けんこう )さんがいってまさあ。 色を好まねえ阿魔っ子は、底のねえひしゃくに似ているってね。 どうもあねごはがさつでいけねえ」 「 呆 ( あき )れもしないよ、ひしゃくだとさ。 玉の杯底なきごとしさ。 それにお前、阿魔っ子じゃないよ」 「どっちにしても似たようなものさ。 なにしろあねごは 落胤 ( らくいん )には見えねえ」 「そりゃあそうだろう。 わざとしているんだもの。 根からの平民という奴は、不思議にひどく高踏がるし、貴族うまれの人間は、あべこべに平民になろうとするよ。 でもね」とお町ぼんやりと、あこがれるように眼を据えた。 「いい相手さえ目つかったら、 妾 ( わたし )アいつでも恋をするよ」 「どんな男がお好きかね?」 「ああ真っ先にいって置こう。 お前のような男じゃあないよ」 「ご丁寧でげす。 さてそれから?」 「色の浅黒い好男子さ」 「アレ、おいらに似ているぜ」 「武道の方も達人でね」 「中条流の 早縄 ( はやなわ )はえ?」 「金持ちでなけりゃ嫌いだよ」 「あッ、こいつだけがはずれている」 「三拍子そろった若い男さ」 「飲む打つ買うの三拍子なら、めったにヒケは取らねえが」 「さあそいつだってあぶねえものさ、飲むときまって 管 ( くだ )を巻くし、打つと勝って来たためしはなし、買うとむやみに振られるしさ」 「ワーッ、あねご、コキおろしましたねえ」 「冗談おいいな。 正直なところさ」お町グルリと腹ばいになった。 薄物を透して二本の足が、かかとからスンナリと伸びている。 ワングリした腰つき短い胴、たくましくはあるがととのった肩、日本人放れのした体格である。 伸ばした腕に袖がまくれ、二の腕がムッチリとあらわれている。 見ないような様子はしているが、忠三こっそり眼を使い、はだけて見える乳の辺へ、いやな笑いを送っている。 二つの乳房に押し伏せられ、もがき廻っているスペイン猫が、どうやら忠三には羨ましいらしい。 「おいらも猫になりてえなあ」こんな事を考えているらしい。 「無理あねえな」と忠三がいった。 「島原城之介がコロリと参り、あねごの味方になったのはね」 「ふふん、あいつもお前に似ている」 「惜しいことをした。 ちょっとの違いだ。 巻軸 ( かんじく )がこっちへはいったものを」 「今さらいったってどうなるものか」 「あねごにしちゃアまずかったね。 すぐに巻き上げりゃよかったのに」 「いくら好色の城之介でも、あれほどの物が手にはいりゃあ、ちょっと渡すのが惜しくなるものさ」 「そのうちとうとうとッつかまってしまった」 「なんとかいったっけねえ、とっつかまえた奴は?」 「袴が広いとかいう奴さ」 「ああ袴広太郎か」 「あねご?」と忠三、声を強めた。 「あねご」と忠三、声を強めたが、「どんなものでしょうね。 こんな時にこそ、お館におすがりになっては?」 「それがさ、どうも気が進まないよ」イスラエルのお町、気がなさそうに、「せっかくここまで仕上げたんじゃアないか。 それを今さらおすがりしては、 甲斐性 ( かいしょう )がないというものだよ」 「機会を逃がすと大変だがなあ」 「うるさいねえ。 心得ているよ」 「いい手段でもおあんなさるので?」 「いったじゃアないか、もうさっきに。 待てば海路の 日和 ( ひより )とね」 「私にゃ難船が眼に見える」 お町、今度は返辞をしない。 「わがままでさあ、わがままですよ。 ちゃんと膳立てをしてお招きした、あっしの苦心は買ってくれず、待てば日和は 悠長 ( ゆうちょう )ですねえ。 それもさ、他人のためじゃねえ、みんなあねごのためですのにね。 永い念願の巻軸が、すぐ手にはいるじゃありませんか。 ちょっとおすがりしさえしたらね。 ……お母さんのうらみ、あねごの心外、そいつもまんざら知らねえじゃあねえが、まあまあそんなものはこの場合、そっとしまって置くんですね。 ……いけませんかね。 どんなもので? ……オヤオヤ、なんだい泣いていらっしゃらあ! ははあ、お母様を持ち出したので、それで 愁嘆 ( しゅうたん )なさるんですね。 やり切れねえなあ。 まるで 赤児 ( ねんねえ )だ。 オオ、よしよし泣くな泣くな! 禁物でげす、涙はね。 というのは泣いたとたん、倍も 綺麗 ( きれい )に見えるんでね、 緋縮緬 ( ひぢりめん )よりなお素敵だ。 全くあねごは変ですねえ。 笑ってよく泣いてよく、それで怒ってもいいんですからねえ。 なんだ、泣きやんじゃッた!」 「なんだい忠三、いいかげんにおしよ」涙をふくとイスラエルのお町、グルリと一つ寝返りを打った。 喜んだのはスペイン猫で、乳房のおもしから逃げ出してしまった。 と、お町、口をすぼめ煙りを吐いたものである。 「あのね、いずれはそうなろうよ。 お館様のお力に、おすがりするようになるだろうさ。 それよりほかに今のところ、いい手段はないのだからね」 「そうでげしょう、そうですともさ。 そうきまったらさあすぐに」 「ところが駄目さ、まだ今はね。 ……誰かいっそ強い押し手で、押し立ててくれたら飛び込んで行くよ」 「え?」といったが忠三には、どうやら意味が飲み込めないらしい。 「なんのことでげす、押し手とは?」 「はっきり 妾 ( わたし )にもわからないが、なんだかそのうちに、もうすぐにも、何かが妾の前へ来て、妾の心をかり立てて……」あこがれるように茫然と、白堊の天井を見たものである。 「ははん」と忠三、今度はわかった。 「いけねえなあ、大望の邪魔だ」 「何がさ?」とお町、眼を返す。 「やっぱりなんだ。 玉の杯には、底がねえ方がよさそうだ」 コツコツと戸を打つ音がした。 「ああいいよ。 はいっておいで」 はいって来たのは料理人、やはり仲間の一人である。 「イスラエルのあねご、お客様で」 「え、私に客だって? おかしいねえ。 だれだろう?」 「立派なお武家様でございますよ」 「あっ、驚いたなあ、もう来やがった」これは忠三のつぶやきである。 イスラエルのお町を訪ねたのは、ほかならぬ袴広太郎であった。 帳場の前へたたずみながら、ジリジリとして待っている。 「逢わなければならない。 どんなことをしても。 まだかなまだかな、どうしたんだろう?」 五人の不気味の侍が、ジロジロ見ているのにも気がつかない。 「どうしても逢ってお願いする。 是が非でも納得させなければならない」地団太を踏むばかりである。 発狂ではござらぬ。 呪縛 ( じゅばく )でござる。 さよう島原城之介のな。 さがして城之介にお逢いなされ。 呪縛を解くようおたのみなされ。 お京様の狂乱はなおりましょう。 その節巻軸を奪い取り、当屋敷へご持参なさい。 お京様をお渡し致しましょう。 ……こういう天草時行の言葉を、ほとんど夢中で聞くようにして、巴御殿を飛び出したのは、今日の午前のことである。 何より真っ先に訪ねたのは、懇意の与力勘十郎の屋敷で、広太郎はこういってたのみ込んだ。 「先夜拙者手ずから捕え、通りかかりの同心衆へ、お渡しいたした白衣の修験者、島原城之介と申す者に、特別をもってこっそりと、牢前にても結構でござれば、おあわせくださることなりますまいかな?」 それに対する勘十郎の言葉は、まことに不思議なものであった。 「何を袴氏仰せられる。 修験者とか島原城之介とか、さような 囚人 ( めしゅうど )はおりませぬよ。 貴殿捕えたと仰せられるが、ではその後町奉行所より、ひきあわせ人として呼ばれましたかな? 事実同心に渡されたとなら、それに相違ござるまい。 がおそらくその同心は、凶徒の一味、にせ同心でござろう」 びっくりしたのは広太郎で、途方にくれざるを得なかった。 思い余って市中をさまよい、車坂まで来た時である。 よいやみの中からものの 怪 ( け )のように、例の 傀儡師 ( くぐつし )が現われた。 「浅草へおいでなさりませ。 象潟町 ( きさがたまち )の南蛮屋、そこにいるイスラエルのお町様。 その方におたのみなさりませ」こういうとフッと消えてしまった。 で、訪ねて来たのである。 「あの傀儡師何者だろう? まるで運命の神様のようだ。 吉凶共に先ぶれをする。 イスラエルのお町とは何者だろう? 善か悪か不安だなあ。 逢えばわかる逢えばわかる。 善悪にかかわってはいられない。 少しでも力になる者なら、たのんでたのんでたのみ込み、どんな犠牲を払ってでも、お京様から呪縛を解き、あの屋敷からつれ出さなければならない。 が、それにしても驚いたなあ、あの時の同心がにせ物とは。 はたして島原城之介、どこに隠れているのだろう? イスラエルのお町とかいうその女、城之介のありかを知っているのかしら?」 取り次ぎをした料理人、奥へはいったまま出て来ない。 「まだかな、まだかな、どうしたんだろう? ……ああそれにしてもお京様、なんという境遇になったんだろう。 あのままでは気違いだ。 一日遅れれば一日だけ、悪化するに相違ない。 ……それに気味の悪いあの屋敷。 それに気味の悪い天草という武士。 よしや呪縛はなかろうと、あんな屋敷へ入れて置いたら、本物の気違いになるだろう。 ……遅いなあ、どうしたんだろう? 逢わなければならない、逢わなければならない。 ……逢ったらおれはこういってたのむ。 費用も惜しまぬ。 不義に心をまかせてもいい。 どんなのぞみにでも応じましょう。 もしも可憐なお京様を、正気にお取り戻しくだされたら」 「お逢いなさるそうでございます。 さあさあどうぞお上がんなすって」 取り次ぎの者がこういった時、はき物をぬぐのももどかしく、広太郎は座敷へ飛び上がった。 店を通ると廊下であり、その突き当たりに 別棟 ( べつむね )があり、そこの 扉 ( とびら )が開いた時、広太郎思わず「これは?」といった。 南蛮屋の部屋の様が、広太郎の眼を驚かせたのである。 見知らぬ訪問者を怒ったかのように、スペイン猫が背を持ち上げ、ガリガリとつめをといだのも、金属性のなき声を、籠の中で 鸚鵡 ( おうむ )が立てたのも、広太郎を少なからず驚かせた。 しかしもちろんそれ以上、ひとみの色と皮膚の色とが、異国人種の伝統を伝え、その他は日本人と変わりがない、妖艶な混血の若い女が、部屋の中央に立っていたのは、広太郎にとっては驚異であった。 「花ちゃん花ちゃん、だまっておいで」 イスラエルのお町はいったものである。 すると鸚鵡がなきやんだ。 「ネロやネロや、あっちへおいで」 すると猫が立ち去った。 「お掛けなさりませ、袴様、…… 妾 ( わたし )がお町でございます」 底力のある 銀声 ( シルバーボイス )! と、くちびるがほころびた。 柘榴 ( ざくろ )色をした真紅のくちびる! その間からのぞいたのは、磁器のように 艶 ( つや )のある真っ白の歯! ムッと感じられる肌のにおい! だが室の中を充たしているのは、 芳 ( かんば )しい 蘭 ( らん )のかおりである。 ああ優秀なるバンパイヤ! さすがの広太郎も圧迫を覚え、じっと立ちすくんだものである。 「だが大丈夫だ。 この女なら! どんなことでもかなえてくれよう」 同時に心の片隅では、安心を覚えたものである。 しかしはたして広太郎にとり、イスラエルのお町と逢ったことは、そんなにも幸福なことだったろうか? しんと 更 ( ふ )けた浅草 界隈 ( かいわい )、店々は閉ざされ 燈火 ( あかり )は消え、通る人さえまばらである。 と、スタスタと一つの人影、象潟町の方角から、碁盤目小路の方へやって来た。 ふと迷い込んだ碁盤目小路、さあ早速には出られない。 行っても行っても小路である。 行っても行っても四辻である。 鳥の巣のような小さな家、それがビッシリ並んでいる。 「これは困った」とつぶやいた。 それは袴広太郎であった。 南蛮屋からの帰りであろう。 一つの辻をまがったとたん、「参るぞ!」という声がした。 同時に人影、黒々とおどり、サッと太刀風が頬にふれた。 飛びしさった広太郎、家の外壁へ背をつけた。 「これ、何者だ。 人違いをするな。 拙者は旗本、袴広太郎。 怨みを受ける覚えはない!」 柄は握ったがまだ抜かない。 暗中の敵を 睨 ( にら )みつけた。 「ふふん」とあざ笑う声がした。 「袴広太郎、まさしく承知。 さあ出て来い、出られるかな」にくにくしいおちついた声である。 星影で見れば大上段、辻の真ん中に立っている。 感覚でわかる、その構え、容易ならない強敵である。 「袴と知ってかかって来たか。 わけは知らぬが是非に及ばぬ」 気息を調べる忍び声、こういうと広太郎はスッと抜いた。 「盗賊かな、遺恨かな? 島原城之介の一味かな? 困ったものだ。 ちと手強い」前足を折り、後足を敷き、敵の胸まで肩を落とし、スルスルと進むは柳生流の下段、二星を取って勝とうという、すなわち 沈龍 ( ちんりゅう )の構えである。 沈龍の構えで広太郎、スルスルと辻まで寄せて行った。 左手 ( ゆんで )を差し向けさあ斬れという、一面誘いの構えでもある。 あわい 一間 ( いっけん )、そのとたん、敵の体形ユラリと変り、スッと上段から青眼になった。 「来るな!」と感じた一刹那、果然左肩へ斬ってきた。 と待ち設けた広太郎、サッと車に斬り返した。 身体のひねりに従って、おのずから左肩が後へ引き、ピッタリ姿勢が立ち直る。 ギョッとしてしりぞく敵に乗り、残心を勝つ心持ち、サッと 右腕 ( うわん )へ太刀をつけた。 敵もさる者スッと 退 ( の )く。 足踏み違えた広太郎、息もつかせず 左腕 ( さわん )を取る。 が、こいつも引っ 外 ( ぱず )された。 あわい二間、双方無言、互いに気息をととのえる。 とまたジリジリと寄り合った。 相手は青眼、その太刀先、三寸へわって太刀をつけた。 間一髪、横手払い、チャリンと払った敵の太刀。

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【あつまれどうぶつの森】崖・高台の登り方|はしごの入手方法 コメント一覧【あつ森】

あつもり 高台 登り方

火災による 伽藍焼失等を経て 現在の古代インド様式の伽藍は1934年 完成。 境内の墓地が関東大震災の為移設され 和田堀廟所 が建てられました。 和田堀廟所では年に2回和田堀奉讃会 主催の公開講座が開催されています。 昨秋には一龍斎春水 師の絵解講談〔親鸞の妻「恵信尼」〕が催されました。 琵琶の 講座は初めての企画で〈粟田口〉〈板敷山〉〈壇の浦・ 祇園精舎〉 3月17日 地域総合センター (ふるさとセンター) (淡路市) 古事記編纂千三百年記念 ~淡路島は心の根幹 「神話」歴史文化講(公)演会 現存する最古の歴史書〔古事記〕上巻の冒頭には淡路島が 初めに誕生する〔国生みの伝承〕が記されています 古事記の 編纂1300年を記念して淡路では様々な行事が企画されて います この度の講(公)演は淡路市出身の筝三弦演奏家の 大歳久美子氏とかりん氏の演奏「大和まほろば」 イザナギ゙神宮 の本名孝至宮司の講演「神々からの伝言」 私は淡路の民話を基にこの度創作した〈朗読琵琶・石の寝屋 古墳~海士・男狭磯〉を聴いていただきました 2月19日 神戸酒心館ホール (神戸市) 太鼓衆団輪田鼓第13回酒蔵公演 ~震災17周年 鎮魂と希望の太鼓~ 和太鼓と しの笛 琵琶でつづる〔清 盛 七 辨 天〕 極悪人としてのイメージが植え付けられた清盛ですが 兵庫 の港(大輪田泊)を整備して宋との間の貿易を盛んにした 進取の気概溢れる人物であったようです 〔清盛七 辨天〕は 宮島にある七つの海岸に因み 兵庫に七つの弁財天をお祀り したのが始まりといわれています その〔清盛七 辨天〕をテーマ に 酒蔵ならではの〔お酒とつき出し付〕の公演でした 〈祇園精舎〉〈 野辺の草・妓王〉新作〈 朗読琵琶・鹿の夢〉を演奏 2月 5日 西本願寺 聞法会館 総会所 (京都市) 日曜講演~〔琵琶で語る・・親鸞聖人のご生涯〕 聞法会館では毎日 昼と夜にご法座があり 多くの方々が お参りされています また 日曜日には様々な分野から講師を 招いて〔日曜講演〕が開かれています 親鸞聖人のご生涯を 描いた琵琶歌の中から二曲 〈板敷山〉常陸の板敷山で聖人 を迫害せんとした山伏 辨 圓は 聖人のご威徳に接し回心懺悔 して御弟子・明法坊となる 〈西洞院〉五條西の洞院で聖人は ご家族や御弟子の方々に別れの言葉を告げて 90歳81年の 宗教活動を終えられた そして他の一曲は静御前を描いた 〈舞扇鶴ヶ岡〉をお聴きいただきました 12月24日 イーグレ ひめじ アートホール(B1F) (姫路市) 神戸新聞文化センター(KCC)朗読講座・・・合同発表会 フリーアナウンサーで「FMゲンキ」のパーソナリティーと して活躍中の西田理恵さんが講師をされている各地の 朗読教室の皆さんによる合同発表会 会員の皆さんや 西田さんによる多彩な内容の朗読でした ゲストとして お招きいただき〈春琴抄・あつもり・祇園精舎〉を演奏 12月14日 台雲山 花岳寺 (赤穂市) 第309回 赤穂義士追慕法要 ~筑前琵琶献奏~ 午前10時15分からの献茶 そして読経の中を来賓の方々や 一般参加の皆さんの焼香が行われ 追慕の法要は午前11時 頃には終了しました 1645(正保二)年に浅野長直公により 菩提寺として創建された花岳寺 赤穂義士の三十七回忌 を期に四十七士の墓が建立されました 今年は三百九回忌 〈大石主税〉〈壇の浦・祇園精舎〉を献奏させて頂きました 12月 2日 覚 圓山 光行寺 (福山市) 親鸞聖人750回大遠忌法要 並 報恩講 記念 御堂コンサート~ 筑前琵琶で語る・・・・親鸞聖人のご生涯 平成19年から23年に亘り本山や各地の寺院では法要や 様々な行事が開催されています 御自身も筑前琵琶を奏 でられるご住職の 苅屋師が 記念行事として琵琶演奏会 を企画してくださいました 午前の法要の後に〈粟田口〉 〈板敷山〉〈西洞院〉を語らせていただきました 11月27日 ラジオ番組 FMゲンキ 〔 サンデーGENKI No. 1〕 (姫路市) FMゲンキ〔サンデーGENKI No. 1〕 姫路のFMラジオの〔サンデーGENKI No. 1〕は生放送番組 の一つで 一生懸命がトレードマークの西田理恵さんが担当 8時~11時まで 播磨の様々な情報が満載の番組です 〔ふるさと自慢〕と銘打たれた〔日曜日のゲストコーナー〕で 9時30分頃から15分間位の出演でした ゲストからの リクエスト曲を一緒に聴くのが通常なのだそうですが 〈祇園精舎〉を 1曲聴いていただきました。 12月15日 安永山 楽法寺 (加西市) 祖師講並び皇寿観音像祈祷法要 ~筑前琵琶演奏会~ 長寿の観音様で知られる楽法寺は 秋の万灯会を初め 写経会 托鉢 花祭りなど多くの年間行事で地域の人達に 親しまれています 昨年の法要後には二代目森乃福郎師 の落語会が催され多くの皆様の参加で愉快なひと時を すごされたそうです この度ご縁を頂き 琵琶の音色と語り をお楽しみ頂きました 〈鳥取の蒲団のはなし〉などを演奏 11月14日 むろの里よこの (たつの市) むろの里よこの コンサート ~ 霜月 筑前琵琶の会 四季を通して様々な催しのある町・室津 何度でも足を運び たい・・そんなオーナー・横野香魚子さんの〔むろの里よこの〕 で 晩秋のひと時を琵琶の音色と語りで楽しむ会が企画され ました 〈野辺の草・妓王〉〈箙の梅〉など平家にちなんだ5曲 11月 7日 なでしこの家 (兵庫県播磨町) 第3回なでしこの家 コンサート ~立冬の宵 琵琶の秋韻 この地域のボランティアグループの活動拠点として 3年前に 立ち上げられた〔なでしこの家〕 地域の方々を主な対象に 活動が行われています 演奏会はバイオリン、ブルーグラスに 続いて3回目となります 今回は趣を変えて琵琶が企画され ました 〈あつもり〉〈那須与一〉〈春琴抄)などを演奏しました 10月17日 龍王山 浄泉寺 (山口県田布施町) ~親鸞聖人750回大遠忌法要記念~ 親鸞聖人奉賛の集い・・・・・〔筑前琵琶演奏会〕 古刹浄泉寺の吉田龍昭師は大塚まさじさんやウォン・ウィンツ アン さんのコンサートを本堂で何度も催されるほどの大音楽ファン 自らも筑前琵琶を弾奏されます 今回も150余名の皆様にお 聴き頂きました。 一部:〈粟田口〉〈板敷山〉〈荒城の月・ ・・尺八:高見師〉 二部:〈黒田節・・舞踊:広石師〉〈敦盛〉 〈本能寺〉 アンコールに応えて〈壇の浦+祇園精舎〉 9月26日 神戸文学館 (神戸市) 神戸文学館 9月の土曜サロン 〔筑前琵琶の名曲を聴く〕 原田の森に建てられた関西学院のチャペルが 「神戸文学館」 として開館して4年 セミナーエリアでは市民が聴講できる〔文学 イベント〕〔土曜サロン〕がほぼ毎週企画され好評を得ています 今年は3回目の旭堂会員の出演〈みなと神戸〉〈舞扇鶴ヶ岡〉 〈石童丸〉〈朗読琵琶・鳥取の蒲団のはなし〉終曲は上原まり さんの〈六条〉で 大きな拍手のうちに幕となりました 9月 5日 佐保山茶論 (奈良市) 〔佐保山茶論〕 ~琵琶の音色に浸る長月のひととき~ 筑前琵琶の調べ 奈良時代には高官の邸宅地で古歌に千鳥・蛍の名所と謳れ た佐保川 また佐保山を望む閑静なたたずまいの法蓮町に 芸術・文芸サロンが開設され 今までに音楽演奏会や文化講 演会が数多く開催されてきました 琵琶演奏2度目の今回は 〈瀬田の決戦 ~壬申の乱より〉〈あつもり〉 〈朗読琵琶・ 耳なし芳一〉 8月30日 播磨国室社 賀茂神社 (たつの市) 播磨国室社 賀茂神社 献茶祭 ~八朔のひな祭り 播磨風土記にその名の由来が記されている 古くから栄え た室津 本殿を始め数々の国指定重文が残る賀茂神社で は 四季折々の祭礼が今も行われています 室津に伝わる姫君の悲劇の物語を新創作曲〈八朔のひな 祭り ~室津しおり姫物語〉として献茶祭にて奉納演奏 8月29日 新宮図書館 (たつの市) 夏の夜の琵琶がたり ~筑前琵琶が奏でる平家物語 地域の人たちに開かれ 親しまれる新宮図書館 これまで 「人形劇」「里山の生き物」「弦楽カルテット」「播磨の妖怪」等 多彩な催しが企画実施されてきました 〈祇園精舎〉を始め 〈那須与一〉〈耳なし芳一〉など平家関連曲を演奏しました 8月23日 西本願寺 聞法会館 (京都市) 日曜講演 〔琵琶で語る・・・親鸞聖人のご生涯〕 聞法会館では毎日ご法座があり 日曜日には様々な分野 から講師を招いての〔日曜講演〕が開催されています このたびご縁を頂き親鸞聖人のご生涯を描いた琵琶歌の 中から〈粟田口(青蓮院)〉と〈板敷山〉そして〈あつもり〉 〈祇園精舎〉を聴いて頂きました 8月 6日 NHK/FM放送 NHKラジオ放送〔邦楽のひととき〕 演奏曲 〈王 昭 君〉 前漢の時代 元帝の命で匈奴に嫁がされた女官・王昭君の 悲劇を詠った曲 後世にはこの話を基に多くの文学 絵画 演劇などが描かれています 能にも〈昭君〉があります 7月26日 明石市民会館 大ホール (明石市) 第30回 明石伝統芸能文化協会 定期演奏会 伝統芸能文化協会の定期演奏会 今年は30周年の節目の 年でゲストに筑前琵琶の上原まりさんをお迎しました 筝曲 尺八 長唄 地唄舞 日本舞踊 能楽 琵琶などの多彩な伝統 芸能が披露されました 私は船軍と二位の尼・安徳帝の 入水のくだりに焦点をおいて構成 作曲した〈壇の浦〉を演奏 7月25日 ホテル〔サフラン〕 (宍粟市〕 第21回 中・西播磨地区公立学校 〔女性管理職の会〕総会 公立学校の管理職と退職された元管理職の研鑽と親睦を 目的に設立された会 名前は〔八千代留:やっちょる会〕 いつまでも元気に取り組む姿勢と気概を表しておられる 毎回会食を挟んで講演と音楽鑑賞が行われてきました 初めての琵琶の企画 〈那須与一〉〈舞扇鶴ヶ岡〉を演奏 7月 5日 ひまわりホール (兵庫県市川町) 第21回 かんざき合唱祭 神崎郡の神河町 市川町 福崎町 そして香寺町(現姫路市) 姫路市の13の合唱団で組織された神崎合唱連盟主催の 恒例の合唱祭 今まで特別出演として シャンソンや弦楽合奏 団等ガ出演されています 〈舞扇鶴ヶ岡〉を演奏しました 1月 6日 江洞窟 (小豆島土生町) 小豆島霊場 第六十番 江洞窟 ~弁天堂・大子堂 落慶法要~ ご本尊として弁財天女が祀られている江洞窟は小豆島 八十八霊場の第六十番で 詠歌には「四つの緒の妙なる 音も聞ゆなり松の梢を渡る嵐も」と 琵琶(四つの緒)が詠わ れています この霊場から一望できる屋島に因んで〈那須 与一〉そして〈七福神〉を演奏しました. 12月 8日 サンホールやまさき (兵庫県山崎町) 人権週間記念講演会 この講演会のオープニングにふさわしい曲として やさしさ と愛をテーマにした〈朗読琵琶・桃太郎〉〈舞扇鶴ヶ岡〉の 二曲を選びました 12月 7日 舞子ビラ (神戸市) 柴田旭堂会演奏会 〈筑前琵琶名曲のしらべ~古今悠遊〉 海を見渡す素晴らしい会場で一門の日頃の研鑚ぶりを 披露するべく久し振りの演奏会でした 12月 4日 学遊館 (兵庫県山崎町) 尺八と琵琶の響演 新しくオープンした生涯学習センターで 過ぎ行く秋の夜長 のひとときを 伝統音楽で楽しんで頂こう と企画された ジョイントコンサート 尺八は〔奏音人〕代表の大友竹邦さん 11月23日 琵琶工房やまのべ (兵庫県山崎町) 琵琶春秋 大藪旭晶の小宇宙・その四 琵琶の多彩な面を楽しんで頂こうと 毎回 古典、新曲、創 作曲 と番組を組んでいます 少し詳しい曲の解説と琵琶に ついてのお話もいたします 11月16日 若山牧水記念館 (沼津市) フルートと琵琶のジョイントコンサート 三度目となるこの会場での演奏は いつも新しい出会いの 場です 異なる二つの楽器 それぞれの持ち味が醸す和洋 の組みあわせを楽しもう という企画でした フルートは川島裕子さん 11月15日 書写の里美術工芸館 (姫路市) 書写山紅葉まつり協賛コンサート 清水公照師の作られた三百体の泥仏に囲まれ 琵琶の 音色は周りの空間に独特の色合いを添えたようです 11月10日 イーグレ姫路交流会館 (姫路市) 国際交流フェスティバル 姫路市在住の外国人による各母国語の詩歌の朗読があり 続いて平家物語原文の〈那須与一〉他二曲を演奏しました 10月20日 書写山円教寺 常行堂 (姫路市) 書写山円教寺月見の宴 重要文化財(三つの堂)のひとつ〈常行堂〉において 琵琶 と天台声明の夕べが催されました そぼ降る雨の中うっす らと灯る松明に照らされて 琵琶の音はまわりの樹木に静 かに吸い込まれて行くようでした 10月18日 順風荘 兵庫県神崎町) 筑前琵琶への誘い 高台の素晴らしい景色を見渡せる別荘で地元の皆さんに 楽しんで頂こう との会主のご意向で〈那須与一〉〈舞扇鶴 ヶ岡〉などバラエティーに富む選曲となりました 10月17日 庁舎ホール (兵庫県安富町) 安富町高齢者教室 高齢者教室の行事として 初めて琵琶が企画されました 演奏後のアンケートでも初めて琵琶を聴かれた方が多く よろこんでいただけました 10月15日 南場也 (兵庫県太子町) サロンコンサート 時代に生きた女性たち その3 9月26日 鹿ヶ壺ふれあいの館 (兵庫県安富町) 安富町りフレッシュセミナー 築150年という古い醤油蔵を移設した会場は 琵琶にふさ わしい雰囲気を醸し出していました 9月21日 文化センター周り舞台 (兵庫県波賀町) 波賀町観月会 山上の波賀城を背景に 数百本の竹筒の蝋燭が灯る幻想 的な雰囲気の中 琵琶の音色は周りの空間にとけ込んで いきました 琵琶工房製作の二面の琵琶の展示も行われ ました 9月17日 南場也 (兵庫県太子町) サロンコンサート 時代に生きた女性たち その2 9月 5日 舞子ビラ (神戸市) 明石西ロータリークラブ総会 日頃機会の少ない琵琶を聴いて頂こう との企画でした 明石海峡を望む広間で 源平の時代に想いを馳せて頂い たひとときでした 8月25日 中央公民館大ホール (兵庫県夢前町) 親翠流穂翠会・日本舞踊の会(葉月の詩舞) 曲は旭晶作曲の〈壇の浦〉 会主の振り付けによる群舞は 舞台一杯に広がる気迫と静寂が交差して みごとに平家 滅亡の悲哀が表現されていました 8月20日 南場也 (兵庫県太子町) サロンコンサート 時代に生きた女性たち その1 このシリーズでは女性を描いた曲〈袈裟と盛遠〉〈下田雨情〉 などを それぞれ二曲 三回にわたって取り上げました 7月25日 NHK/FM放送 「邦楽のひととき」にて〈奥の細道〉 7月16日 南場也 (兵庫県太子町) サロンコンサート 義経の生涯 その3 6月18日 南場也 (兵庫県太子町) サロンコンサート 義経の生涯 その2 5月21日 南場也 (兵庫県太子町) サロンコンサート 義経の生涯 その1 〔義経の生涯〕〔時代に生きた女性たち〕と題したシリーズ として 様々な唐津焼に囲まれた独特の雰囲気の中で 半年間の連続コンサートが始まりました 5月16日 淡路夢舞台会議場 (兵庫県東浦町) 国際吊橋管理者会議 世界各国からの技術者による会議において オープニング プログラムで日本の伝統音楽の紹介として琵琶を聞いて頂 きました 背景に明石海峡、須磨一の谷、屋島などの風景 や源平合戦絵巻などをスライドで写し 同時通訳と共に視覚 効果により 理解を深める工夫が凝らされていました 1月26日 城山文化センター (稲城市) 芸術文化団体連合会サロンコンサート 市民の方に広く開かれたコンサートは28回目を迎え 初め て琵琶が企画されました 平家物語を題材とした三曲と〈朗 読琵琶・耳なし芳一〉〈クリスタル・スオミ〉を楽しんでいただ きました 1月26日 スペース・べりタス (稲城市) 琵琶を聴く会 囲炉裏のある和風空間は 数十人のお客さまへ マイクな しの演奏をお届けするには最適の処でした.

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文応二年(1261)

あつもり 高台 登り方

謡蹟めぐり 源氏供養 げんじくよう ストーリー 安居院の法院が石山寺の観世音に参詣する途中で、一人の里女に呼び止められます。 女は自分は石山寺で「源氏物語」を書き上げたが、主人公の光源氏を供養しなかったために未だに成仏出来ないので、源氏の君の供養と私の菩提を弔ってほしい、と頼みます。 法院は驚きますが、女が紫式部の霊と判って引き受けます。 すると女は、夕日影の中をかき消すように失せてしまいます。 法院は、門前の男に紫式部について聞き、石山寺にしばらく逗留して弔うことにします。 自分の念願の仏事を終え、ついで式部のための弔いをします。 夜が更けると式部の霊が紫の薄衣をまとい現れ、共に源氏の回向をします。 そして供養の礼に舞を舞い、成仏します。 法院は、式部は観世音が仮にこの世に現れたもので、「源氏物語」もこの世が夢であることを人々に教える方便だと知ります。 (「宝生の能」平成13年6月号より) 石山寺 滋賀県大津市 (平5・6記) 石山寺は西国13番の札所でもある。 平成3年4月に訪ねた時にはちょうど「紫式部展」が開催されていたので、源氏の間などを拝観し「紫式部と石山寺」なる小冊子を求めてきた。 その冒頭に石山寺と紫式部との関係が要領よくまとめられているので抜粋してみよう。 石山寺 大津市 (平3. 4) 西国13番の札所でもある 源氏の間 石山寺 (平3. 4) 式部はここで「源氏物語」を執筆したという ・・・ 「平安時代寛弘元年(1004)紫式部は新しい物語を作るために石山寺に7日間の参籠をしていた。 村上天皇皇女選子内親王がまだ読んだことのない珍しい物語を一条院の后上東門院に所望したが、手許に持合わせのなかった上東門院が女房の紫式部に命じて新作の物語を書かせようとしたので紫式部は祈念のため籠ったのである。 折しも八月十五夜の月が琵琶湖に映えて、それを眺めていた式部の脳裏にひとつの物語の構想が浮かび、とりあえず手近にあった大般若経の裏に「今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊恋ひしく・・・」と、ある流謫の貴人が都のことを想う場面を書き続けて行った。 源氏物語はこのように書き始められ、その部分は光源氏が須磨に流され十五夜の月に都での管弦の遊びを回想する場面として須磨巻に生かされることになった。 」 石山寺縁起や源氏物語の古注釈書である河海抄をはじめとしていろいろの書物に記されているこの源氏起筆の物語は、古くから心ある人々に親しまれて来て、石山寺と源氏物語、紫式部はともに語られることが多い。 式部の参籠したという部屋は源氏の間として保存され、またその時使用されたといわれる硯も今に伝えられている。 そして折々に人々は源氏物語や紫式部に因んだ美術品や文学作品を石山寺に寄せて平安朝のいにしえをしのぶよすがとしてきた。 ・・・中略 このように、物語が誰によってどのように書かれたかということに深い関心が寄せられて来たのは源氏物語をおいて他に例がない。 それは石山寺の観音信仰が分かちがたく結びついているからであろう。 石山に詣で、観音に祈る人々は、同時に昔日ここへ来て物語を書いたという紫式部に思慕の念を抱いたにちがいない。 因みに、中世においては、物語の想を練る式部の姿に観音をオーバーラップさせた画像が作られ、紫式部観音の信仰があったのである。 ・・・ 引用がだいぶ長くなってしまったが、この程度にして紫式部がかって月を眺めたという月見亭に立ってみる。 「石山寺の秋の月」として近江八景の一つに数えられているくらいだから、この高台から眺める月は素晴しいことであろう。 訪ねたのは昼であるが、眼下に見える瀬田川ははるか琵琶湖につながる雄大な眺めである。 川にはいくつかの橋がかかっている。 そのうちの一つが瀬田の唐橋であろう。 坂上田村麻呂はこの「石山寺を伏し拝み、瀬田の長橋を打ち渡って」東国に向かった。 また源平の両軍も何回となくこのあたりで合戦が繰り広げられた。 本曲をはじめとして、「田村」「頼政」「兼平」「巴」「竹生島」等々、謡曲の名が次々と浮かんでくる。 月見亭 石山寺 (平3. 4) 紫式部がかって月を眺めたというところ 盧山寺、源氏の庭 京都市上京区寺町広小路 (平5・10記) 本曲にも述べられているように、源氏物語執筆の場所は一般に石山寺と考えられ、源氏の間がそれとされる。 ところが近年ここ盧山寺がクローズアップされ、石山寺よりむしろ確実性が高いといわれる。 境内に「源氏庭」や「紫式部邸宅址」の碑があり、源氏物語を執筆したのも、死歿したのもここであると主張されている。 また、同じ盧山寺境内のすこし離れたところには、「東北」に出てくる「澗底の松」や「雲井の水」の古蹟がある。 この曲の舞台の東北院は現在東山黒谷にあるが、もともとは一条天皇の中宮上東門院(藤原道長の娘の彰子)の御願により道長が法成寺の境内の東北に建立したもので、一旦廃絶したが、元禄年間に今の場所に再築された。 その元の場所が今の盧山寺のあたりとされ、このような関係から東北院関係の古蹟がここに残っている由である。 また、境内には慶光天皇の御稜がある。 廬山寺 京都市上京区寺町広小路 (平5. 9) ここも「源氏物語」執筆の場所といわれる 源氏庭 廬山寺 (平5. 9) 撮影禁止のため頒布されていた写真を掲げる 紫式部公園 福井県武生市 (平5・6記) 福井県武生市に立派な紫式部公園がある。 昭和61年完成した面積約3千坪の大きな公園で、大きな石に刻まれた「紫式部公園」の碑や金色に輝く「紫式部像」が目をひく。 源氏物語の作者として名高い紫式部が、当時日本の表玄関敦賀を擁する大国の越前国守に任じられた父・藤原為時とともに、国府の置かれた武生に滞在した。 北陸の雪の日々や、敦賀港から入る宋の国の文化に接したことは、多感な頃の紫式部にとって大いに刺激的であったと考えられる。 そんな紫式部を偲んで造られた公園とのことである。 公園の中でもひときわ美しく輝くのが紫式部像。 制作者は文化勲章受章者の圓鍔勝三氏。 高さは(台座にかかる十二単衣の裾を入れて)約3メートル。 北陸の緑や雪に映えるようにと金箔で仕上げられており、聡明できれいな女性であったと言われる紫式部の表情がうかがえる。 この公園の池も工夫されているそうで、一晩中、池の水面に月が映り続けるようになっていたり、紫式部像が映るようになっていたり、四季折々の自然の姿が池にあらわれたりと計算されているとのこと。 池辺に再現された釣殿は総桧造り。 納涼や月見・雪見の宴、詩歌管弦の場所として使われたものだそうだ。 こんなに立派なものを造っていただき、紫式部もさぞ喜んでいることと思う。 紫式部公園の碑 武生市 紫式部公園 (平7. 5) 大きな石に刻まれた碑が目をひく 紫式部像 紫式部公園 (平7. 5) 金箔で仕上げられひときわ美しく輝く 釣殿 紫式部公園 (平7. 5) 納涼や月見、雪見の宴の場所を再現したもの 紫式部産湯の井戸 京都市北区紫野 大徳寺塔頭真珠庵 (平7・10記) 大徳寺塔頭真珠庵に紫式部産湯の井戸があるというので訪ねてみたが、拝観謝絶とのことで残念ながら井戸をみることはできなかった。 大徳寺は洛北随一の大寺院で数十の塔頭が建ち並び、寺というよりは寺町を思わせる景観である。 謡蹟としては勅使門のそばに「俊寛」関連の「康頼の墓」がある。 大徳寺塔頭真珠庵 京都市北区紫野 (平6. 4) 紫式部産湯の井戸がある由、拝観謝絶 産湯の井戸があるという大徳寺から北大路通りを隔て、堀川通りを少し南に下がったところに紫式部の墓がある。 歩いても10分くらいの近いところである。 立派に整備されていた。 紫式部の墓 京都市北区紫野 (平6. 4) よく整備されている 紫式部供養塔 京都市上京区千本鞍馬口 千本えんま堂 (平5・10記) この紫式部供養塔はもと前項の墓とともに、もと雲林院の末寺であった白毫院にあったのが、大徳寺建立のこともあって、供養塔はここ千本閻魔堂内に移され、墓だけはそのまま残されたという。 供養塔は寺の右手奥の庭にひっそりと建っており、周りの木の葉に隠れてうっかりすると見逃してしまいそうである。 しかし十重の立派な石塔で重要文化財にも指定されているとのことである。 紫式部供養塔 千本えんま堂 (平5. 9) 十重の立派な石塔である 紫式部の墓 栃木県国分寺町 天平の丘公園 (平5・10記) 国分寺町はその昔国分寺、国分尼寺のおかれたところで、このあたり一帯は「しもつけ風土記の丘」として親しまれており、今でもその史跡が残っている。 この近くに「紫式部の墓」があると聞き訪ねたところ、思いがけなく「天平の丘公園」が新しく完成し「紫式部の墓」もその一隅にあることを知った。 天平の丘公園 栃木県国分寺町 (平5. 8) 公園内に紫式部の墓がある 紫式部の墓 天平の丘公園 (平5. 8) 地名からとったもののようである 公園の中の「防人(さきもり)街道」を歩き、萬葉植物園を通り「紫式部の墓」に詣でる。 式部とどのような関連があるのか興味があったのだが、案内板によるとどうやら地名の紫からとったもののようである。 「 紫式部の墓 この塔は五輪の塔で鎌倉時代の樣式であり、この地方の豪族が供養塔として建立したものと言われています。 同じ樣式の塔が数多く建立されたものと思われ、ここより約一キロメートル北にある国分寺(下野国分寺跡とは別)薬師堂のそばにもあります。 はじめ姿川沿いにありましたが、明治初期にここに移されました。 この付近は「紫」という地名であることから、源氏物語の作者である紫式部の墓と、言われるようになったと思われます。 環境庁・栃木県 」 「紫」といえば、公園内の萬葉植物園で、「むらさき」という植物に次の萬葉集和歌が添えてあるのに気がついた。 「 むらさき ・ 万葉呼名 むらさき 紫草(むらさき)の にほへる妹(いも)を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも (一・二一) 大海人皇子(おおあまのみこ)」 「紫式部」という植物もある筈だが、残念ながら見つけることが出来なかった。 公園の北西部には古墳の形を模した「平成の丘」が造成され、頂上を万葉からとって「国見山」と称し、舒明天皇の御製を記した碑が建てられていた。 「 天皇 香具山に登りて望国(くにみ)したまふ時の御製 大和には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原(うなばら)は 鴎立ち立つ うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は 」 「防人街道」「万葉植物園」「国見山」など、なかなか楽しい公園である。 むらさき 天平の丘公園 (平5. 8) 万葉集の和歌がそえてある 紫式部の像 京都市中京区三条高倉 京都文化博物館 (平7・10記) 京都文化博物館は、京都の歴史と文化をわかりやすく紹介する総合的な文化施設として、昭和63年オープンされた。 館内に紫式部の像を見つけたので紹介する。 作者は京都教育大学名誉教授・日展評議員杉村尚氏で、社団法人現代教育研究協会が創立20周年の記念事業として京都府に寄贈されたものである。 紫式部の像 京都文化博物館 (平5. 9) 館内で偶然発見した 紫式部歌碑 滋賀県高島町 白鬚神社 (平14・8記) 琵琶湖西岸の滋賀県高島町に猿田彦命を祀る白鬚神社がある。 宝生流にはないが、他流には「白鬚」という曲があり、この神社の縁起を謡っている。 この神社の境内で偶然紫式部の歌碑を見つけたので紹介する。 碑には 三尾の海に 網引く民の ??もなく 立ち居につけて 都恋しも と刻まれている。 この歌は紫式部がこの地を通った時詠んだものである。 父の越前守赴任に伴われ、式部は都を立ち逢坂山を超え大津から船に乗り湖西を通ったが、網を引く人々の見馴れぬ光景を見て、都を恋しく思い出し読んだものといわれる。 白鬚神社 滋賀県高島町 (平10. 4) 境内に紫式部の歌碑がある 紫式部の歌碑 白鬚神社 (平10. 4) 父に伴われ越前に赴任するときこの沖を通り読んだという 紫式部供養塔 大津市坂本 慈眼堂 (平14・8記) 大津市坂本の慈眼堂裏の墓地に、桓武天皇宝塔、新田義貞宝塔、和泉式部の塔と並んで紫式部の供養塔がある。 紫式部供養塔 大津市坂本 慈眼堂 (平10. 4) 京都の時代祭の紫式部 京都市 (平14・8) 京都の時代祭には紫式部も清少納言とともに登場する。 時代祭の紫式部 京都市 (平8. 10) 聖覚法印旧蹟 京都市上京区安居院 西法寺 (平7・10記) 本曲のワキ法印が住持する安居院は昔は雲林院と並ぶ広大な地域を占めた寺院であったが、今僅かに安居院西法寺として名残りをとどめる。 境内に法印の墓があるというので訪ねたが、残念ながら中に入れなかった。 聖覚法印旧跡 西法寺 (平6. 4) 本曲ワキの墓がある.

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